家族で脳プレ!

2010 年 3 月 10 日

 「使わなければ衰える」という法則があります。

 原始のころ、人はその必要から耳を自分で動かせたといいます。現代人で耳を動かせることのできる人など滅多に見かけません。
 必要がなければ、その力は衰えていきます。

 江戸時代の人は、大阪から江戸まで歩いていきました。平成に生きるわたしたちは、自動車や電車、飛行機にたよることが多くなりました。
   だから、脚力は弱くなってしまいました。

 バブルのころが青春だった!とういう人は、友だちの電話番号は覚えていたものです。今の高校生は携帯電話を扱うのは上手ですが、だれも友だちの電話番号を覚えていません。
   そうすると、記憶する力は衰えていくのです。

 頭も同じです。 頭も使わなければ衰えます!

 というわけで、今回は、家庭でできる、頭を使う遊び(これを、わたしは「脳プレ」と呼んでいます)がテーマです。

 脳プレの代表選手は、ずばり、「トランプ」。
 七ならべやブラックジャックなどは、数の感覚を養うのにいいですね。神経衰弱はネーミングはネガティブですが、記憶力を高めるのに効果的です。

 「折り紙」や「ジグソーパズル」は平面感覚、「積み木」や「レゴ」は立体感覚を培うのに適しています。

 「将棋」や「囲碁」、「オセロ」、「ボードゲーム」などの対戦型も、イメージ力や作戦をたてたり、先を読む力が身につきます。中でも、お勧めは「立体四目ならべ」です。独自の作戦を見つける楽しさがありますよ。

 家でできる「脳プレ」のメリットは、頭がよくなるだけではありません。家族みんなでわいわいやれば、楽しいですし、いいコミュニケーションツールにもなります。

 さて、次の日曜日は、何して遊ぼうかな?

ゆずれない場面

2010 年 3 月 8 日

 わたしは、ふだん本科のクラス授業の他に、「パズル道場」の授業担当もしています。
 (詳しくは、こちらを! http://www.kaisei-group.co.jp/sv2/puzzledojo )

 先日のパズル授業のときのことです。小学2年生のMくんが、「紙おり」というパズルにチャレンジしていました。このパズルは、は折り紙を何回か折って、はさみではしっこを切り取ったあと、ひろげるとどんな形になっているかを答えるという、ちょっと難しめのものなのです。

 頭の中でイメージをして、図形を描かせることが、ポイントです。ただ、練習し始めのころは、頭の中だけでは処理しきれないことが多いので、練習プリントには、書き込みをしていいことになっています。

 事件は、検定試験の採点のときに起きました。

 Mくんの答案は、間違いがあったので不合格でした。問題は、検定試験に書き込みをしていたことです。

 「ねえねえ、これえんぴつで書いて消したあとがあるけど、検定試験では、書いたらダメだよ」とわたしが言うと、Mくんは

 「ぼく、書いてない!」

 検定試験はブースに区切られた席で行います。教員も見ています。そして、あきらかにえんぴつで書いたあとも残っています。おそらく、とっさにでたことばだったのでしょう。最初から、うそをつくつもりはなかったと思います。けれども、こういうことは、あいまいにせずにはっきりさせておくのが、わたしの信条です。

  「でも、ここにえんぴつで書いたあとがあるよね」
 「うん」
  「これは、だれが書いたの?」
 「知らない・・・」
  「Mくんが書いたんじゃないの?」
 「ぼく、書いてない・・・」
  「他の誰かが書いたの?」
 「わからない・・・」

 Mくんの気持ちもわかります。一度、口からでたことばは消えません。うそをついたことを認めることは勇気がいります。

  「う~ん、じゃあ、だれが書いたんだろうねえ?」
 「・・・」

  「ええとね、このパズルができないってことは、そんなに重要なことじゃないと先生は思うよ。だって、たくさん練習したら絶対できるようになるからね。でも、うそをつくってことは、これは、はっきりダメなことだよ。この子はうそをつく子なんだって思われたらとっても損なことだよ。たとえば、一生懸命練習してできるようになったのに、まわりの人から『どうせ、ズルしたんでしょ』とか思われたらつらいよね」

 待つこと、5分。

 「先生、あのね、ぼく、まちがって線、書いちゃったんだ・・・」

 勇気をもって、正直に言えたMくんに、心の中で拍手!

 人はだれでも間違えます。でも、大切なのはそのあと、どう対処するかだと思います。

 それと、大切なことがもうひとつ。

 ここぞという場面では、ぜったいゆずらないこと。一見、ネガティブに見えるできごとの中に、よくなっていくヒントは隠れているものです。

 子どもがうそをついたときなど、親として、ショックですし、腹も立ちますし、悲しい気持ちにもなるものですよね。でも、そういうときほど、子どもに、ことの善悪を教えるチャンスなのです。

 毅然としたスタンスで子どもと接する。(ただし、感情的いならないように!) ゆずれない場面で心がけておきたいことです。

最適な環境が最適でない?

2010 年 3 月 5 日

 カリフォルニアの研究者たちがアメーバを使って実験をしたデータがあります。

 アメーバを2つのグループに分けて、異なる環境でどのように成長するかを調べました。その結果、温度や湿度などをアメーバにとって快適となる環境とそうでない環境で育った、アメーバのグループでは、後者のほうがよく成長するということがわかりました。

 考えてみれば、子どもの成長も同じかもしれません。すべて与えられた何一つ不足のない環境で育つよりも、少々足りないものがあるほうが、いいわけです。あるいは、毎日が平和で穏やかな生活は一種の理想形ではありますが、ほどよい負荷をかけたほうが子どもの成長にとってはいい、ということでしょう。

 

自信をつけさせる方法

2010 年 3 月 3 日

 「自信のない子どもは伸びない」 たくさんの子どもたちを見てきた感想です。

 伸びていく子どもは、「やればできる」ということを、潜在的に知っているような気がします。

 では、どうすれば、子どもに自信をつけさせることができるのでしょうか。

 「言葉」と「行動」の2つの観点から考えてみます。

 自信をつけさせるのに大切なことは、「プラスの言葉をかける」ということです。

 人は言われた通りに育っていく生き物です。「あなたはダメね」と言えば、「ダメ」に近づいていきます。「おまえは本当になまけ者だな!」と言えば、ますます「なまけ者」になっていきます。ですから、子どもによくなってほしいのであれば、プラスの言葉をかけることです。「あなたは、やるときはやる子よ」「この調子でやっていけば、絶対できるようになる!」といった言葉かけが、子どもにとっては、自信の種になっていくのです。

 もうひとつ大切なことがあります。それは、「小さな成功体験を積ませる」ということです。「言葉」による自信の入力はなくてはならないものですが、子ども自身がそれを信じることができなければ、自信はつきません。子どもが心の底から「自分はできる」と思うようになるためには、そのための「証拠」が必要なのです。そして、「行動」することが「証拠」をつくることになります。

 たとえば、「漢字テストの勉強をとことんやる」「テスト範囲の単元は、繰り返して練習する」といった「行動」を続けると、テストにおいて、必ずよい結果を得られるようになります。そうすると、子どもたちは「やればできる」という自信を持つことができるようになるわけです。

 このときに大切なことは、「目標のバーを下げる」ということ。いきなり達成の難しい目標をもつことは避けた方がいいでしょう。あくまで、「小さな成功体験」を持つことを心がけるべきです。

 「原因」があって「結果」があります。子どもが自信を持つためにその「原因」をうまくつくっていくことが、親のできることだと思います。

思いはあっても

2010 年 3 月 1 日

 おばあさんが歩いています。重そうな荷物を持って歩いています。

 太郎くんは、そんなおばあさんをみかねて、思わず声をかけました。

  「おばあさん、どこまで行くんですか」
  「駅までですよ」
  「荷物、重そうですね。ぼくも駅まで行くので、もってあげますよ」
  「いえいえ、大丈夫ですよ。持てますよ」
  「えんりょしなくていいですよ、持ちますから・・・」

 そう言いながら、おばあさんの荷物を持とうとした太郎くんは、びっくりしました。

 (重い、重すぎる・・・この荷物!)

 おばあさんが持っているぐらいだから、とたかをくくっていたのですが、その重いことといったら・・・。

 みかねたおばあさんが

  「大丈夫です。重いけどもてますから。でも、その気持ち、うれしいですよ」

 そう言って、おばあさんはお礼を言って、重い荷物を持って駅まで歩いていきました。

 

 荷物を持とうとした太郎くんの志は立派です。ひとを思いやる心は、人類普遍の美徳だと思います。

 けれども、「思いはあっても力がともなわないと、人の役に立つことはできない」ということも、また事実です。

 勉強することは、頭を鍛えるということ。頭を鍛えるとできることの幅が広がっていきます。

 子どもたちには、「人を思いやる心」に加えて「人の役に立つ力」を身につけてほしいものです。

精一杯やれたか?

2010 年 2 月 26 日

 受験直前に、「精一杯やれたか?」と聞かれて、うなずける生徒は少ないのではないでしょうか。

 毎日、長時間受験勉強を続けてきた生徒でも、「だらだらした時間があったし」とか「1学期はさぼってたから」「もう少し早起きできたかも・・・」などと、足りていなかったところを探して、自分を責めたりするものです。

 ですから、「精一杯やれたか?」と聞かれて、「はい、やりました!」と答えられる子どもは、やはりすごいわけです。どんなことでも、自信がないといけません。最初から、「もうダメだ」と思っていると、うまくいかない方向に引っぱられたりします。

 では、どうすれば、精一杯やれたという実感をもって、入試に臨むことができるのでしょうか。

 「日々の計画をたてる」ことが、その手助けになると思います。

 1日単位で、すべきことを決めます。「今日はここまでやればOK」というラインを自分で引くわけです。日々、決めたことをこなしていくことが、「精一杯やった」という実感になるわけです。

 1日でできることは、小さいかもしれませんが、その集大成でしか、大きいことはできないのです。

 

家庭教育力チェック!

2010 年 2 月 25 日

 

植物の種はどんな場所に落ちるかによって大きく変わります。ふかふかで栄養分たっぷりの土に落ちれば大きく成長するでしょうし、日陰で栄養分の乏しい荒れ地に落ちれば芽がでにくいものです。子どもの成長も似ています。子どもにとって、頭の栄養分いっぱいの家庭を目指しましょう。

 

次の項目であてはまるものがいくつあるかチェックしてみましょう。

□親子でニュース番組をよく見る

□リビングに本棚がある

□ゲームの時間は決めている

□親子でよくおしゃべりをする

□家の中に世界地図が貼ってある

□夕食の時にはテレビをつけない

□毎日必ず机に向かう時間がある

□親が書きものをしていることが多い

□子どもが学校で何を習っているか、親が知っている

□博物館や科学技術館などによく行く

□食事は手作りのものが多い

□辞書や事典をよく使う

 

10以上 栄養分たっぷりの土。成長が楽しみです!

7~9 ふつうの土。肥料を足せばいい土になります。いい習慣を取り入れましょう。

3~6 やせた土。少しずつの努力が家庭環境をよくします。できることから始めましょう。

2以下 不毛の土(!?)。子どもの成長は遅いようではやいものです。悔いのない子育てを。

冷蔵庫のプリン②

2010 年 2 月 23 日

 人は判断を誤ることがあります。無知が故に間違ってしまうこともあるのですが、判断ミスの多くは、「感情」がその原因になっているものです。

 すなわち、桃子さんも、感情的にならなければ、正しい判断ができたかもしれません。

 たとえば、そのプリンが、自分のではなくお父さんのだったら、どうだったでしょうか。

 「あんた、お父さんのプリン食べてるの?」
 「ううん、これぼくのだよ」
 「ふーん、そうなの」
 「ほら、お父さんのと種類がちがうでしょ」

 冷静に応対すれば、もめることもないですし、腹がたつこともなかったわけです。

 自分の感情を入れずに判断する、ということはむずかしい場合もあるでしょう。けれども、自分の感情が、判断ミスを引き起こすこともあるんだ、ということを知っておくことは大切なことだと思います。

冷蔵庫のプリン①

2010 年 2 月 22 日

 人は意外と正しい判断ができるものだと思います。できないとすれば、それは、「感情」がじゃましているのかもしれません。

 中2の桃子さんは、テニス部に入っています。その日も暑い中、へとへとになるまで練習しました。重い足をひきずって帰宅した桃子さんの楽しみは、冷蔵庫の「プリン」でした。甘いものは大好きなのですが、その中でも「プリン」は大好物なのです。やわらかい食感、口の中で広がる何とも言えないおいしさ、冷たいプリンが疲れた体を心地よく癒してくれるのです。「早く家に帰ろう。帰って、昨日、イルカスーパーで買ってきた『北海道フレッシュカスタードデラックスプリン』を食べよう」そう思うと、疲れ切った足も心なしか、軽くなったような気がするのでした。

 「ただいま!」家に着くと、靴もそろえず、かばんもリビングに放り出したままで、冷蔵庫にめがけて突進していきました。「がばっ」と勢いよく冷蔵庫のドアをあけて、プリンを探します。  「ない・・・」 おかしい。昨日、ドアのポケットに入れておいたはずなのに。もう一度探す。やはり、「ない・・・」 念のために、冷凍庫や野菜室の中も見てみたが、プリンはどこにも見あたらなかった。

 「お母さんっ、わたしのプリン、どこ?知らない?」
 「プリンなんてしらないわよう」

 どこかまのびした母の声が、庭から聞こえてくる。

 ダダダダッ、全速力で階段を駈け上がる。 「犯人はあいつしかいない!」  ドアを開ける。するとそこには、のんきにテレビゲームをしている弟がいた。
 「あんた、お姉ちゃんのプリン、知らな・・・」
 と言いかけたとき、弟の傍らに、空になった『北海道フレッシュカスタードデラックスプリン』が無惨に横たわっているのに気づいた。

 「ちょっと、あんた、何してんのよっ!!」
 大声をだしている自分を、もうとめることはできなかった。
 「なんで勝手に食べんのよ!このバカっ!」
 無意識に、あるいは、本能的に、右手が弟のほほをとらえていた。ぐらっとよろめく弟に、間髪入れず蹴りが入る。(楽しみにしていたのに。楽しみにしていたのに・・・)悔しい気持ちが、心の中からあふれ出てくる。

 と、その時、母親が部屋に入ってきた。
 「それ、健太のプリンよ。よく見てみなさいよ。あんたのとちがうでしょ」

 目の前には、ほほを真っ赤にして涙目になっている弟と『十勝クリームムースプリン』と書かれた空容器が転がっていた・・・。

ことばの威力

2010 年 2 月 19 日

 ことばには、ものすごく強い力があります。

 武力によって支配され、征服民の言語を強要された民族はどうなるでしょうか。自分たちの言語を失った民族は、やがて、その文化も衰退し、根無し草のように固有のアイデンティを失った民族になっていきます。

 わが国でも古くから言霊(ことだま)思想があります。

 声に出したことばが現実のことがらに対して、何らかの影響を与えると信じられていました。すなわち、よいことばを使うとよい現象がおこり、わるいことばを使うとわるい現象がおきる、というわけです。

 さて、問題です。

 問題1 「経営の順調な会社をことばだけで、倒産させることは可能でしょうか?」

 問題2 「仲のいい家庭をことばだけで、離散させることは可能でしょうか?」

 きっと、ネガティブなことばばかりが行き交う状態になれば、いともかんたんに集団はその機能を失うことでしょう。

 だとすれば、反対に、ポジティブなことばをたくさん使えば、どうなるでしょうか。

 使っていることばには、クセがあります。知らず知らず使っていることばというのは、だれにでもあるものです。だからこそ、使うことばは自分自身で選んでいきたいものです。「すごい」「さすが」「うれしい」「幸せ」「よかった」・・・明るいことばがとびかう家庭はきっと明るい雰囲気であるはずです。