目先の「快」と将来の「快」
人間は、「快」、つまり、楽しいことやわくわくすること、心地いいことを求め、「苦」、つまり、つらいことやいやなこと、めんどうくさいことを避けようとする生き物です。
お酒を飲む人は飲むと「快」になるから飲むわけで、飲まない人は「苦」であるから飲まないわけです。
本を読む人は読むと「快」だから読むわけで、読まない人は読むのが「苦」だから読まないわけです。
「苦」を避けて、「快」を得ようとする。 人間の行動をそのようにとらえると、わかってくることもあります。
「快」には、大きく分けて2つの種類があります。
ひとつは、目先の「快」です。とりあえず、その時は楽しいけれど、将来なんのプラスにもならない「快」です。
もうひとつは、将来の「快」です。その時は楽しくないかもしれないけれど、将来、「快」を得ることができるという種類のものです。
人は易きに流されやすい面を持っています。ましてや、子どもとなるとその傾向は強くなります。
「快」を求めるのは人の本能です。親が上手に、将来の「快」を示していきたいものです。


