‘親学日記’ カテゴリーのアーカイブ

感情は自分で選び取る②

2012 年 4 月 3 日 火曜日

 もちろん、時と場合によっては、問答無用で怒ることが効果を発揮する場合もあります。しかし、ここで大切なことは、感情に任せて行動することでなく、効果的な行動を選択するということです。

 多くの場合、「効果」より「感情」を優先させてしまいます。

 腹が立つという負の感情を抑え込むことは簡単なことではないかもしれませんが、それでもやはり、効果的な考え方や行動を選択するべきです。

 子どもの言動に腹が立ち怒る→子どもが反抗的になる→より腹が立つ→子どもがより反抗的になる、という負の連鎖は避けたいものです。

 考えてみれば、子どもの問題(あるいは親が問題と感じること)も多くは、自分自身の感情や行動がコントロールできないことにあります。

 そのことは、実は、大人も同じかもしれません。自分自身の感情と行動をコントロールすることに注意を向けることは、思っている以上に大切なことなのかもしれません。

感情は自分で選び取る①

2012 年 3 月 30 日 金曜日

 子育てにおいて「厳しさ」は必要不可欠です。

 ここでいう厳しさとは、ダメなものはダメという強さであり、ここぞというときはゆずらずに、そして、ブレないポリシーのことであります。単に、逆上して怒鳴りつけることが厳しさではないということですね。
 
 ここで大切なことは「自分自身の考え方や感情は自分自身で選択することができる」ということです。

 子どもの言動をとらまえて、「あの子がわたしを怒らせている」と感じることがあるかもしれませんが、子どもの言動に対して、どのように反応するかは自分自身の選択であるということです。

 それは確かに難しいことです。

 たとえば、テスト前にもかかわらず、ゲームをやり続けているわが息子を見た時などは、どのように感じられるでしょうか。腹だち、悲しみ、驚き、憎しみ、あきらめ・・・。

 最初に湧き上がってくる感情は自分自身では選択しづらいかもしれません。(おそらく無意識にでてくるものでしょう)
けれども、そのあとの感情は自分で選ぶことができます。一呼吸おいて、冷静に考えましょう。

 腹がたったから、怒鳴りつける。それで本当にいいでしょうか。

(つづく)

10年後を考える

2012 年 3 月 27 日 火曜日

 久しぶりにアルバムを見てください。

 あっ、子どものアルバムじゃないですよ。お母さんのアルバムです。 子どものころからのアルバムを見ていただきたいのです。

 昔の写真って、何回見ても懐かしいですよね。

 そうですねえ、20年前ぐらいの写真を見てみてください。その頃、20年後の自分がこうなってるって、思いましたか?

 過ぎ去ればあっという間の20年ですが、どんなふうに過ごすかは、なかなか事前には描けないものです。でも、命がある限り、10年後も20年後も必ずやってきます。

 お子さんは、今、何歳ですか? 10年後、20年後は、同じように、必ずやってきます。大人になったわが子の行動に親が与えられる影響は、少なくとも今よりずっと弱いものでしょう。

 だからこそ、今、しっかりと、関わっておきたいのです!

 どうなってほしいか、どうあってほしいか。どんな価値観をもってほしいか、どんな大人になってほしいか。

 子どもとしっかり関われる今こそ、伝えておきたいことはあるのです。 

 

 

期待すれば腹がたつ②

2012 年 3 月 23 日 金曜日

 誤解がないように言っておきますが、期待するのがだめ、ということではありません。親が子どもに期待するのは当然です。

 「もっとよくなってほしい」という思いがあるからこそ、子どもは伸びていきます。

 考えてみてください。たとえば、塾の先生が、指導している生徒に対して、期待を持たなかったとすればどうでしょうか?

 「どうせ、この子はできるようにならないから」などと思っているチーフや講師はいないと思いますが、もし、そう思って指導にあたっているとすれば、伸びるものも伸びなくなります。「きっとできるようになる」と思うからこそ、どうすればできるようになるのかを真剣に考えるのです。

 ですから、期待することは決してだめなことではありません。むしろ、期待されていない子どものほうがかわいそうだと思ってください。

 問題なのは、期待することなのではなく、期待してからの親の考え方と行動なのだと思います。

 期待するから腹がたつのだけれども、どうしたらよくなるか考えて子どもと接する。というように、単に腹をたてておしまいではなく、絶えず解決方法を考え実行していくことができれば、その期待は、子どもをよくする源になるのではないかと思います。

期待すれば腹がたつ①

2012 年 3 月 21 日 水曜日

 わが子を見ていて、嬉しいこともたくさんあるでしょうが、腹が立つことも多いのではないでしょうか。

 「学校から帰ってきたら注意しなければいけないことのオンパレードです」とか「春休みに長い時間、いっしょにいるとなんだかイライラしてきます」というような話は、よく聞きます。

 腹が立たないように子どもといる方法を見つけることは難しいかもしれませんが、どうして腹が立つかを理解するのは非常に明確です。

 どうして子どもに腹がたつのでしょうか。

 それは、「子どもに期待している」からです。

 (つづく)

がんばってるんだから買い物に!?

2012 年 3 月 16 日 金曜日

 よかれと思ってしたことが、裏目にでるということが、あります。

 あるお母さんの話。

 ふだんは、口うるさく、「勉強しなさい!」と叱ってばかり。でも、前回の定期テスト前は、どういう風の吹きまわしか、自分からすすんで勉強していました。

 がんばってやっていたかいもあって、成績も5教科合計で50点ほどあがりました。 お母さんは、それが嬉しくて、何かご褒美を!と思ったそうです。

 「あんた、この前のテスト、がんばったから、買い物に連れてってあげる。新しい服、買ってあげるから!」

 お母さんとしては、何かしてあげたかったのでしょう。その気持ちはわかります。

 けれども、その男の子は、ぶっきらぼうに言い放ちました。

 「別に、買い物なんて行きたくないし。何か買ってくれるんやったら、代わりにお金くれたらええやん」

 お母さんは、腹が立つのを通り越して、がっかりされたそうです。

 たぶん、お母さんが中学生だったなら、テストの成績がよくって、買い物に連れて行ってもらって、好きな服を買ってもらえるというのは、とてもうれしいことなのだと思います。

 人は、つい、自分の尺度でものごとを考えがちです。

 無意識に、じぶんだったらどうだろう、と思うわけです。けれでも、必ずしも自分と相手の考えや感じ方が一致するわけではありませんよね。

 親子関係は、ややもすると、緊張感を欠いた判断をしがちです。子どもがどう感じるだろうという視線をもって、考えることも大切です。

やる気は「気持ち」ではなく「行動」から引き出す②

2012 年 3 月 13 日 火曜日

 トムソーヤのペンキ塗りの話を以前にブログで書きました。

 罰として与えられたペンキ塗りの仕事でしたが、トムは一計を案じて、わざと楽しそうにペンキを塗ります。トムがあまりに楽しそうにペンキを塗るものですから、彼の友だちは競って、ペンキを塗らせてほしいとトムに頼むのです。こうして、トムはペンキ塗りをという罰から免れることができたのです。

 罰と思えば罰であり、遊びと思えば遊びになるところがおもしろいですね。

 生徒と勉強プランをつくるときは、このプランをこなしていくとどうなるか、ということを必ず伝えます。

 「これだけ、やったら成績上がると思わへん?」「プランを決めて勉強している自分とゲームをし続けてる自分だったら、どっちが好き?」「きみだったら、この計画、やり遂げると思うなあ」「がんばって成績が伸びたらどんな気分やろなあ?」

 がんばることは、時として辛いことでもありますが、やり遂げた達成感と自分自身を向上させることができた喜びは、何にも代えがたいものであると思います。

 だからこそ、子どもたちにしっかり勉強させる。譲らない厳しさと、子どものことを思う愛情を心にもって。

やる気は「気持ち」ではなく「行動」から引き出す①

2012 年 3 月 9 日 金曜日

 生徒面談をしていて、「先生、やる気がでないんです」という相談をしてくる生徒は多いのですが、それに対する直接的な答えというのはないように思います。

 気持ちを変えることは難しいのです。

 ただし、気持ちではなく行動に焦点を合わせると対処法は見つかります。

 わたしが心がけているのは、「実際に行動に移せるように手助けをする」ということです。何をどれぐらいしていけばいいのかを決める、ということですね。

 たとえば、1週間で英語の文法問題集を3単元こなす、数学の応用問題集は10ページ、漢字は5課分こなす、というようなことをこちらから強制するのではなく、話し合いの中で決めていきます。

 ちなみに、すでにやる気のある生徒はこちらから指示しても大丈夫ですが、あまりやる気が出ていない場合は、生徒に決めさせたほうが、継続しやすいものです。

 話し合いの途中で意識しているのは、勉強をすることが罰のように感じさせないことです。いやなものを無理やりやらされると思うと、やる気は出てきません。

あんた算数できるわよ

2012 年 3 月 7 日 水曜日

 小学5年生の男の子。塾に入って3か月。

 国語が大の苦手。算数は好きだし、自信もありました。

 ところが、はじめて受けた公開テストで、算数の成績がボロボロ・・・。

 びっくりして、ショックで、悲しくて、「ああ、自分はアホなんや」と心底、思ったそうです。

 その成績表を見て、お母さんが言いました。

 「あら、算数、わるいわねえ。でもね、あんた、算数できるわよ」

 自信をなくしていた子どもは聞き返しました。「なんで、そう思うの?」

 すると、お母さんは自信たっぷりに、こう答えました。

 「だって、あんた、小さいころから、パズルとか積み木が好きやったやん!」

 パズルと積み木が好き → 算数ができる! というのは、なんだか根拠のなさそうなことだとは思うのですが、その男の子はお母さんのことばがうれしくて、次はがんばろう、と思ったそうです。

 確かに、その男の子は、それから成績が上がり、学区で2番手の高校から国立大学に進学しました。入塾時の成績がウソのような成績の伸び方でした。

 セルフイメージを高めるということは、われわれが思っている以上に大切なことかもしれません。

 もちろん、ことばがあっても行動が伴わないとだめなのですが、プラスのことばをかけることを怠ってはいけない、そう思うのです。

受ける価値

2012 年 3 月 2 日 金曜日

 教室長をしていたころ、もっとも判断に困ったことのひとつに、「受験校の決定」がありました。

 「志望校に行きたい。でも、受験で失敗したくない」

 一見、矛盾することではあるのですが、その気持ち、とてもわかります。

 判断に悩むのは、内申点や偏差値が足りなくても、合格するケースもありますし、また、逆のケースもあるからです。

 わたしの中での最終的な判断基準は、「受ける価値があるかどうか」でした。

 つまり、志望校合格に向けて、強い思いを持って受験勉強をやってきたかどうか。

 結果は大切です。それは、間違いありません。

 けれど、結果はどうあれ、その生徒の人生は続いていきます。だから、その結果にたどり着くまでに、どれだけのことができたのかといいう、過程もまた、大切なのです。

 受ける価値があると自分自身で思えること。そんな受験生であってほしいと思うのです。