2010 年 6 月 のアーカイブ

新型うつ病

2010 年 6 月 29 日 火曜日

 最近、「五月病」ということばをあまり聞かなくなったように思います。

 五月病は、新入社員や新入生がかかりやすい季節病でしたが、今は、季節を問わない「新型うつ病」が増えているそうです。

 五月病は、休養をとれば回復しやすいのですが、「新型うつ病」は、対人関係のストレスが原因になっていることが多いそうです。ですから、連休などで休みをとっても職場や学校にもどると、調子がわるくなるケースが多々あるそうです。

  「新型うつ病」を発症しやすい傾向の人には、次のようなケースが見られると指摘する医師もいます。

 「親が非常に過干渉で、子どものころから無理してがんばってきたケースが多い。親にガミガミいわれて、親の不安感や葛藤をそのまま受け継いできたような感じです。育ってきた家庭環境の影響が非常に大きい」

 幼少期の家庭環境だけが、原因ではないでとは思います。

 ただ、子どもに対して、必要以上に不安感や葛藤を与えないよう、気をつけなければならいのも事実だ、と思います。

 

育てられ方と性格

2010 年 6 月 28 日 月曜日

 T先生は、落ち着いていて穏やかな先生で、生徒からも「丁寧でわかりやすい授業をしてくれる」と評判も上々です。

 そんなT先生があるときこんなことを言っていました。

 「わたしは、積極性というか、自分でアイデアをだしたりするのが苦手なんですね。関係ないかもしれませんが、親父が厳しい人で、小さいときはしょっちゅう怒鳴られていました。それどころか、よくどつかれましたね。大人になった今でも親父と会うときは緊張します。大学のときに仲が良かった友だちがいるんですが、そいつは、自由奔放でチャレンジ精神旺盛だったんですね。その子の家に遊びに行ったとき感じたのが、「何て明るい家庭なんだ!」ということです。親子で冗談を言い合いながら、楽しそうに食事をとるなんて、自分の家では考えられなかったですから。もって生まれた性格もあるんでしょうが、自分の消極的な部分は、幼児期の家庭環境に原因があるように思えてならないんです」

 どんな家庭で育ったかで、身につく性格も変わってくることもあると思います。

 厳しすぎる、あるいは厳しくする意味が子どもに伝わっていない、厳しいだけで愛情がない・・・。

 もしかしたら、どんな親にも多かれ少なかれ、そういった要素はあるのかもしれません。大切なことは、自分自身をふりかえること、そして微調整を加えていくことですよね。

 

宿題をやってこない子 <後編>

2010 年 6 月 25 日 金曜日

 「とりあえず、仲良くなろう」

 そう思ったのには理由があります。

 Cくんは、話しかけたら返事はするのですが、自分の気持ちを話すことはあまりありませんでした。

 きっと、Cくんの宿題をしてこないことは、いけないことだとはわかっているはずです。なぜCくんがしてこないのか。もしかしたら、その理由も自分では、うまく言語化できないのかもしれません。だったら、Cくんが今どんな状況にいて、どんなふうに感じているのか、知る必要があるのではないか。そう考えたのです。

 授業後、面談室でCくんと話をすることにしました。

 勉強の話をすると、なかなか心を開かないだろうと思い、好きなことを聞くことにしました。

 最初は口の重かったCくんも、「怒られるのではない」とわかったせいか、だんだんとしゃべるようになってきました。

 Cくんはポケモンにはまっていて、空手を習っていて、いちばん仲の良い友だちは健太くんで、うまいぼうは明太子味が好きで、お兄ちゃんと妹がいて、ママは中学受験するお兄ちゃんにかかりっっきりで、パパは妹のことをとってもかわいがっていて、なんだか家の中では自分だけ浮いている気がして・・・。

 何か不安を抱えていると、勉強が手につかなくなることがあります。

 人によっては、それが友人関係だったり、部活動のことだったり、先生との相性だったりします。Cくんの場合は、家の中に不安があるように感じました。

 「なあ、Cがさあ、勉強一生懸命やったら、お母さんはどう思うやろな」
 「・・・喜ぶと思う」
 「そうか、お母さん、喜ぶか。お母さんが喜んだら、Cはどんな気持ちになる?」
 「・・・うれしい、かな」

 後日、Cくんのお母さんと面談しました。

 「確かに、長男が受験ですので、気持ちがそちらにとられていたのも事実です。親として、反省ですね・・・。これからは、宿題するように声をかけることとちゃんとやっていたらほめることを心がけます」

 それから、Cくんの宿題忘れは、ぴたっとなくなりました。

 お母さんからすると、Cくんはほめても愛想がないというか、あまり嬉しそうにしないので、いつしかあまりほめなくなってしまっていたようです。

 表面上はそうであっても、親からほめられるって、子どもにとっては本当に嬉しいことなんですね。

 

 

 

宿題をやってこない子 <前編>

2010 年 6 月 24 日 木曜日

 小学5年生で宿題をやってこないCくんという男の子がいました。

 はじめて担当するクラスでは、ときどきあることです。

 ふつうは、少し厳しめに注意すると、次からはきちんとやってくるものです。

 しかし、中にはそれでも宿題をやってこない生徒もいます。

 Cくんもそのひとりでした。

 1回目の宿題忘れのときは、やや厳しい目の口調で注意し、次はかならずやってくるよう語気強く伝えました。目に涙を浮かべて、「次はやってきます」と言ったCくんを見て、次は大丈夫だな、と思いました。

 ところが、その次の授業でもやってこなかったのです。

 理由は特にないようでした。気づけば今日を迎えていた・・・。そんな感じだったようです。

 今度は、かなりきつく叱りました。声をあらげて机をたたき、宿題をしてこない理由を大声でがなりたてました。

 またもや、涙を浮かべるCくん。

 これで、次はしてくるだろう。だれだってこんなに怒られたらいやなものだろう。そう思っていました。

 ところが。

 次の週もCくんは宿題をやってこなかったのです。

 ・宿題をしてこなかったら居残り(ぜんぶできるまで)
 ・家庭連絡→家でも宿題をチェックしてもらう
 ・別室に呼んで、なぜできないかを考えさせる
 ・反省文を書かせる
 ・「次はやってきます」宣言させる・・・

 とまあ、いろいろやったのですが、漢字練習をやっていないだの、ページを間違えただの、テキストをもってくるのを忘れただのと、完璧にできていることはありませんでした。

 うーん。困りました。

 わたしは、ベテラン先生のよさは「引き出しの多さ」であると思っています。

 いろんな生徒、いろんな状況に、単一のやり方ではなくその状況にふさわしい対応ができることが、経験知のなせる技です。

 しかし、この時ばかりは本当に困りました。

 困ったあげく、やってみたのがこんなことでした。  ≪続きは明日!≫

78点はしかるべき?ほめるべき?

2010 年 6 月 22 日 火曜日

 テストが返却されたとき、どのようなことばをかけてあげれば、子どもがやる気になるか。

 これは、なかなか難しいものです。

 英語で90点とったAさんに、「すごいね!がんばったね」とほめると、「先生、わたし目標が95点だったんで・・・。全然だめです・・・」と言われたこともあります。

 社会で65点とったBくんに、「他の教科は全部80点こえてるよなあ。社会だけもうちょっとがんばらんといかんぞ!」と声をかけたら、「前のテストで40点やったから・・・。おれ的には、めっちゃがんばってんけど・・・」と言われたこともあります。

 何が悪かったのか。

 相手の状況を把握していなかったことが失敗だったように思います。

 自分の判断で、「これはいい」「これはだめ」と決めていたのがまずかったのです。

 テストが返ってきたときは、こちらが評価するのではなく、相手がどう感じているか聞けばいいわけです。

 78点の答案に対しては、しかるのでもほめるのでもなく、

 「そうか、78点だったんだね。自分の評価はどう?」

 と、まず聞いてあげることがいいわけですね。自分の意見やアドバイスはその後でも充分伝わります。

 一方的に、親の感想をしゃべり続ける・・・(特に否定的な)
  「こんなんで高校行けると思ってるの!」
  「テレビばっかり見てるから、こんな点数なのよ!」
  「どうやったらこんなひどい点がとれるわけ?」
  「お母さんが中学生のころは、もっとよかったわよ!」

 というようなことは、避けたいですね!

おなじ60分でも

2010 年 6 月 21 日 月曜日

 教え子に、宝塚歌劇で活躍している子がいます。かりにAさんとします。

 Aさんが小学生のときに、国語を教えていました。芯のしっかりした子で、やると決めたことは絶対やる!という子でした。

 Aさんは、周りのみんなへの公約どおり、宝塚音楽学校に入り(すごくたいへんなことなのですが)、今は舞台に立ってスポットを浴びているわけです。

 先日、Aさんと久しぶりに会って話していました。

 立っているとき、座っているときの姿勢はもとより、歩き方、お辞儀の仕方、どれをとっても、優雅で美しく、気持ちのいいものでした。(あの小学生だったAさんが、こんなに立派になるなんて・・・。まるで父親気分です)

 話の中で印象的だったのは、レッスンについての考え方です。

 「たとえば、ダンスのレッスンが60分あるとしますよね。人によって受け方に大きな差があると思うんです。60分こなせればいいと思っている人もいますし、トップの人ならどんなふうにおどるだろうとか、わたしの個性をだすにはどんなふうにすればいいのか、みたいにテーマをもって考えている人もいるんですね。そういった、考え方というか心構えが上達の差になっているように思います」

 一流の世界に身をおき、日々、研鑽している彼女のセリフには、とても重みと説得力がありました。

  働く人にとってのしごとへの心構え。
  親にとっての子育てへの心構え。
  子どもにとっての勉強への心構え。

 あらゆることにあてはまりそうです。

6/12 開成親学セミナー @南草津駅前教室

2010 年 6 月 18 日 金曜日

 先週の土曜日に、南草津駅前教室でセミナーを開催しました。

 座席がたりなかったので、イスだけをならべる形式になってしましました。
 
 アンケート、たいへん書きづらくなってしまして、本当に申し訳ないです。。。

 さて、今回は土曜日ということもあり、お父さんの参加もありました。

 みなさん、静かに聴き入ってくださり、たいへん話しやすかったです。

 最後に書いていただいたアンケートを見ると

 「コミュニケーションもポリシーも足りない」と書いている方が、3分の1もいらっしゃいました。

 たぶん、客観的に見たらそんなことはないんでしょうが、謙虚な方が多いのかな、という印象を受けました。

 次のセミナーは

  ●6/26(土)14:00~ エール進学教室・千里山田教室
  ●6/27(日)10:00~ 開成教育セミナー・南草津駅前教室
    ●7/10(土)16:00~ 開成教育セミナー・川西中央教室

 1学期の親学セミナーは、以上で終了です。

 2学期は、回数を増やして、たくさん開催したいと思っています。

 みなさまの参加をお待ちしています!

身につけておきたい学習センス④

2010 年 6 月 17 日 木曜日

最後に、「図形的センス」について触れておきます。

 

将来、理数系に進む子どもに必要な能力として、「空間把握能力」が挙げられます。

 

空間図形が得意な子どもは、基本的に、理数能力の高い子どもであると言えます。図形学習の難しいところは、言葉で説明できない部分があるということです。

 

たとえば、立方体を切断したときの切り口の形を答える問題があります。こういった問題の解説を電話でしてください、と言われたらどんな教え上手な先生でも、とまどうのではないでしょうか。言葉だけで説明しきることはできないのです。

 

図形の感覚は図形を見たり、触れたりする中で培われていきます。やそう考えると、大切なことは、やはり、たくさん触れること。先ほどの立方体の問題であれば、まず頭の中で考えてみる。そうして、わからなければ、実際に立方体を切ってみる。(身のまわりに、切断可能な立方体ってありますか?あんまり、ないですよね。そんなときに役に立つのが『とうふ』です。スキヤキのときは、ぜひ、空間図形の勉強を!)そうして、目で見て、また頭の中で考える。そうして、目で見る・・・。こういった、ことを繰り返していくと、頭の中で図形をイメージする力がついてきます。頭の中に図形がイメージできれば、その時点で、「図形的センス」はかなりあると思っていいでしょう。

 

学習センスを高めると、新しい単元の理解が深まったり、問題処理能力が上がったり、論理的な思考力がついてきます。意図的にたくさん「触れること」がセンスアップの方法です。

 

毎週決まった時間に読書タイムを設ける。ふだんの会話の中で数字を意識して使う。パズルなどの図形問題をさせてみる。そんなことから、子どもたちの学習センスが伸びればいいですね。

 

身につけておきたい学習センス③

2010 年 6 月 16 日 水曜日

身につけておきたいふたつ目のセンスは、「数的センス」です。

 

たとえば、「90の半分はいくつ?」と聞かれて、筆算しだす中学生がいます。半分にするだけですから、かんたんにできそうなものですが、数字が苦手な子どもにとっては、暗算でできないのです。

 

また、「3,000円の3割引っていくら?」と中3の生徒にたずねると、即答で「わからへん!」と言われてしまったことがあります。(その生徒の数学の成績は真ん中ぐらいです・・・) 「じゃあ、バーゲン行ったときとか困るんじゃないの?」と聞くと、「う~ん、3割引なら、ちょっと安いって感じかな」「じゃあ、5割引なら?」「かなり、安い」「8割引なら?」「絶対、お買い得!」・・・どうやら、数字ではない別の感覚で判断しているようです(笑)。他にも、倍数や約数の感覚、大きな数の感覚なども大切です。

 

現代の生活は便利になり、いろいろなことを機械がしてくれるようになりました。その分、計算も電卓のお仕事となり、自ら計算する機会が減っているのかもしれません。

 

子どもがひとりで駄菓子屋に行って買い物をしていた頃は、お金の計算をごく日常的にしていたものですが、現代では、そんな光景も随分、見なくなりました。

 

時代や社会の変化とともに、自然に使われる能力も変わってきます。

 

野菜の栄養価も昔と比べると、かなり減っています。だから、サプリメントなんかで補う人が増えているわけですね。

 

われわれ現代人は、江戸時代の人間に比べて、脚力も劣っています。なにせ、彼らは、大阪から江戸まで歩いて行ったわけですから。自動車や鉄道、飛行機の発達によってそんな長距離を歩くことはなくなってきている現代人とは脚力がちがって当然なわけです。だから、スポーツシジムに通う人が増えているのでしょう。

 

便利になって足りなくなったものは、意図的に補う必要があります。数に関する感覚もまさにそうであるように思います。

身につけておきたい学習センス②

2010 年 6 月 15 日 火曜日

 小中学生の間に身につけておきたい学習センスが3つあります。

 

ひとつは、「読解センス」です。

読解センスのある子どもは、頭の中にイメージを浮かべるのが得意です。

 

たとえば、国語の授業中に、「お母さんが男の子とまずしい夕食をとっていました」という場面を頭の中に描かせる課題をだしたとします。

 

頭の中に「絵」を描かせるわけです。そうして、どんな絵を描いたか、子どもたちにことばで説明させます。

 

国語が苦手な子どもは、「ええと、お母さんが、男の子と、ごはんを食べていて、それが、なんか、まずしい夕食ってかんじ」というような返答をします。具体的な一場面が描けないわけです。そこで、「じゃあ、まずしい夕食ってどんな夕食か話してみて」と、少し、ハードルをさげた質問をします。「まずしい夕食・・・、なんかしょぼい夕食!」「そうか、しょぼいんやな。もっと具体的に言ったら?」「ええと、まずそう」「うんうん、たとえばどんな?」「う~ん、安物ってかんじの・・・」というように、抽象的な概念を具体化できないわけです。

 

これが、読解の得意な子どもであればこうです。「先生、あのね、ちゃぶ台があってね、お母さんと男の子が向かい合って座っているの。お母さんの髪の毛はちょっとほつれてて、白髪まじり。男の子は、ズボンのひざのところが穴があいてるのね。お茶碗のはしがかけていて、大根めし。男の子がね、『おれ、おなかいっぱいだから、お母さん、食べなよ』とか言うの。そうしたら、お母さんが『何言ってるの、あなた育ち盛りなんだから、ちゃんと食べないと・・・』って言うのよ」・・・とまあ、ここまでいくと、想像というより妄想かもしれませんが、とにかく、読解が得意な子どもは、頭の中にある種の画像を思い浮かべることができるわけです。

 

こういった「読解センス」を鍛えるにはどうすればいいか。やはり、「文章に触れること」が大切だと思います。本がきらいで家でもほとんど本を読まないけれど、国語の読解が非常によくできる、といった子どもには出会ったことがありません。

 

読解センスのある子どもは、本好きかあるいは本を読む習慣のある子どもなのです。そして、そういった子どもの親の共通点として、小さい頃からの「読み聞かせ」をしてきたということが挙げられます。中には、ほとんど読み聞かせをしていないけれど、子どもが自然と本好きになっているケースもありますが、読解センスが高い子どもの親は、読み聞かせをしてきたり、本を読む習慣をもっていたり、あるいは、図書館によく通ったりしているのです。

 

たくさん触れることで、センスアップするわけです。