2010 年 7 月 のアーカイブ

きゅうり

2010 年 7 月 30 日 金曜日

 突然ですが、わたしは、きゅうりが、キライ、です。
 (きゅうり農家の方、ゴメンナサイ)

 ものごころついたころから、苦手でした。

 家では、タコの酢の物やポテトサラダはもちろん、きゅうりぬきです。

 つらかったのは、小学校の給食の時間です。

 4時限目に体育がある日に限って、きゅうりがでたように思います。

 おなかが減って、たくさん食べたいのですが、きゅうりがはいっているといっさい食べられませんでした。

 きゅうりが入っているだけで、例えば、にんじんやたまねぎにもきゅうりの味がうつるのです。
 
 きゅうりがキライでない方には、この感覚がわかっていただけないようですが、わたしは半径5メートル以内できゅうりを食べた人間がいるとわかります。(ちなみに、におい全般には敏感ではないです)

 サラダの上にのっていたきゅうりを取り除いても、そこにきゅうりがあったことがわかってしまいます。

 いつだったか、朝ご飯を一口食べると強烈にきゅうりの味がしました。ご飯にです。ふつうの白米です。奥様が、そのはしを使って、子どもの弁当にきゅうり入れていたんですね。すぐにわかりましたが。

 きゅうりに関する辛く悲しいエピソードは、枚挙にいとまがありませんが、ここは「親学ブログ」でした。本題に入ります。

 きゅうりそのもには、善も悪もありません。

 ただ、わたしには、きゅうりの青臭さがたまらなくいやなだけで、他の多くの人からすれば、きゅうりはおいしい野菜のようです。

 子どもの性格もそういった側面があるかもしれません。

 「うちの子は、競争心がないというか、お姉ちゃんとちがって負けず嫌いなところが全然なくって、困ってます」
  → きっと、おおらかでやさいいお子さんなんでしょうね。

 「本当にあの子は我が強いというか、自己中というか、一度言い出したら、ゆずらないんですよ」
  → ポリシーのあるお子さんですね。ひとつのことを真剣にやりだしたら楽しみですね。

 社会生活に不都合をきたすような部分は、矯正していく必要もあるかもしれませんが、多くの場合、短所に見えるところは裏返せば長所になります。

 子どもの短所と思えるところは、もしかしたら、自分にとってきゅうりの青臭さかもしれない。自分がそう感じるだけで、他の人から見れば、いい部分かもしれない。そうういう視点を持つことも大切なのだなあ、と思います。

キャッチボールとドッジボール

2010 年 7 月 29 日 木曜日

 親子会話を次の2つにわけることができます。

  ●キャッチボール型 
  ●ドッジボール型

 キャッチボール型の会話は、お互いにことばがいきかうイメージです。

 自分の意見を言うけれども、相手にしゃべらせるように、うまく質問するわけです。

 また、相手が答えやすいようなたずね方をするの人は、会話のキャッチボールが上手な人と言えます。

 キャッチボール型の会話がうまくすすむと、言いたいことが言えてスッキリもしますし、自分のことが分かってくれたという満たされた気持ちになることもできます。

 一方、ドッジボール型の会話では、そのような心地よさはありません。

 ドッジボールですから、とにかく、相手めがけて投げつけるわけですね。

 (時には、怒りや憎しみの感情を込めて!)

 怒っているときの会話は、たいていドッジボール型になっています。

 怒るときはそれでいいのですが、ふだんが、ドッジボール型の会話だとすると、マズイですね。

 会話の基本は、キャッチボール。

 一方的でなく、双方向的になるような会話がいいわけです。

 

ママ友会話はすばらしい!

2010 年 7 月 27 日 火曜日

 「聴き上手は、伸ばし上手」

 子育てにおいては、間違いなくそのとおりです。

 小さいころの躾は、問答無用的な部分があってもいいと思います。
  (歯磨きとか、ごはん前のおやつ禁止、好き嫌いしないなど)

 でも、だんだんと子どもが大きくなってくると、それだけではうまくいかなくなります。

 頭ごなしに命令するのではなく、子どもの気持ちを聞いて分かってあげることが必要になります。

 そのためには、子どもの話をしっかり聴くことが大切です。

 「人の話を聴く」ということに関しては、お母さん方はとっても上手です。

 それは、ママ友(とも)同士の会話を聞いていると実感します。

  「うんうん」とうなづき、「そうなんや~」と相づちをうつ。
  相手の話に感情移入して、顔をしかめたり、笑ったりする。

 まさに、傾聴の王道です!

 ママ友にできていることですから、きっと、わが子にもできるはず。
 (なのですが、難しいと感じている人は意外に多いのかも)

 でも、少なくとも、聴き上手になると、子どもは本音を言ってくれやすくなりますし、ストレスは軽減されやすくなります。

 親が話を聴いてあげるだけで、子どもにとっては大きなプラスになるのです。

その思いこみは正しい?

2010 年 7 月 26 日 月曜日

 先日、こんな話を聞きました。

 「わたしは、背も低くて、小さいので、人より疲れやすいんです。だから、持久力がないんですね・・・」

 それって、本当にそうなの? って思いました。

 科学的にどうなのかということは、この際問題ではありません。

 問題なのは、その人がそう思いこんでいるという事実です。

 「自分は疲れやすい」と思っていると、すぐに疲れるのが当然というか当たり前というか、あるべき姿になりますよね。

 そう思うと、思いこみの威力ってすごい!

 かつて、わたしもそうでした。

 「太りやすい体質なんだからやせるのは無理だよね」 って体重が85キロあったときは思っていました。

 「子どもの頃から病弱だったから長距離走るなんてできっこない」 ってハーフマラソンを完走する前は本気で思っていました。

 セルフイメージが低いせいで、「無理」とか「できない」と思っていることはないでしょうか?

 もし、そうであるならば、人生、もったいないですよね!

 セルフイメージは、周りからの評価によってつくられる部分が多いものです。

 もしかしたら、「背が低いから疲れやすい」と思っている人は、小さい頃から親にそう言われて育ったのかもしれません。

 子どものセルフイメージを高めるために親ができることは、プラスのことばをかけることです!

 1日1善ならぬ、1日1ほめで、子どものいいところを引き出しましょう。

答えのないパズル

2010 年 7 月 23 日 金曜日

 パズル道場で取り扱うパズルは、多種多様です。

 ペーパー教材や教具教材などいろいろありますが、共通しているのは、「答えがあること」です。

 あたりまえ、ですよね。

 正解があるかどうかわからない、と言われればやる気にはなれません。

 ときどきこんなことを言う生徒がいます。

 「先生、このパズル、おかしい。問題がまちがってる!ぜったい、答えでないよ~」

 もちろん、問題はまちがっていません。

 おもしろいのは、「問題がまちがってる」と思ってしまうと、やる気になれないということです。

 これは、パズルに限ったことではありません。

 一般の学習においても

  「どうせ、おれ、できひんし・・・」
  「わたしにできるわけないやん」

 そう思っている子どもは、それ以上、考えようとしないものです。

 本当は、やればできるのに・・・。
 ただ、そこまでやっていないだけなのに。

 ダンスもピアノもサッカーもスイミングも、みんながプロになれるわけではないかもしれませんが、

 何回も何回も、めげずに練習をすれば、うまくなるはずです。

 大切なのは、「一生懸命やったら、ぜったい、できる!」と思うこと。

 そう思える生徒が増えていくことを、心から願います。

「お説教」効果

2010 年 7 月 22 日 木曜日

 面談をすると、初めから終わりまで、子どもの文句を言うお母さんがいます。

 ひとつ屋根の下で暮らしていると、腹がたつことも多いですよね。

 それに、学校や塾ではがんばっているけど、家の中だとぐうたらしている子どもも多いように思います。

 だから、子どもに対して、腹が立ったり、情けなく思えたりするのはわかるのですが、子どもからすると、親にずーっと否定されてしまうと、がんばる気力が湧いてこないのではないでしょうか。

 
 小学4年生から塾に入ったBくんは、国語が苦手で算数大好き少年でした。

 忘れ物も多くて、ノートの字もザツで、計算ミスも多くて、部屋の整理ができなくて、と親から見るとイライラすることも多かったようです。お母さんもお父さんもきちんとされた方でした。それゆえ、Bくんの「いい加減さ」が許せなっかたのでしょう。Bくんが中学校に入る頃から、家で「お説教」されることが増えたようでした。

 「お説教」って気をつけないといけないのは、一方的にいい放しになりがちだってことなんですね。親としては言いたいことを言うと少しはスッキリするかもしれませんが、問題は聞いている方がどう感じているかです。

 のび太のママは、よく「お説教」します。

 そのとき、のび太はどう思っているでしょうか。

 「そうだよね、ママの言うとおりだ。自分は何てダメなんだろう。これからは心を入れ替えてちゃんとしよう!」

 とは思ってないですよね。

 「もう、はやく終わってよ・・・。ああ、おなかすいたな。今晩のおかずは何だろう?」

 と、全然、話を聞いていないのかもしれません。

 Bくんと生徒面談したときに、親から説教されたときどう思っているのか、聞いたことがありました。

 「また、何か言うてるな。聞き流しとこ。しかし、腹立つな!」

 だそうです。

 もちろん、言わなければならないことは、子どもがどう感じようが言わなければならないですが、実際、子どもの行動を変えていくためには、いい放しではなく、子どもの話にも耳を傾けながら話を進めていく必要があります。

 Bくんと生徒面談をした数日後、お母さんから電話がありました。

 Bくんが、家の壁をなぐって穴をあけてしまった、とのことです。

 国語が苦手で、口べたなBくんでしたから、自分の気持ちを上手に言葉にできなかったのかもしれません。

 あるいは、自分の気持ちを話したって、どうせわかってもらえない。

 そんな想いもあったのかもしれません。

 いずれにせよ、一方的な「お説教」よりも子どもとの「相互会話」の方が、子どもをやる気にさせるのは間違いないようです。

やっぱり家庭会話が大切!

2010 年 7 月 21 日 水曜日

 全国大学生活協同組合連合会が行ったアンケートによると

 「就職活動で内定を得られた大学生は、家族との会話をする機会が多い傾向にある」

 ということがわかりました。

 家族との会話の機会について調査したところ、「多い」「まあ多い」と答えた4年生は、内定を得られた率が高かったということです。

 また、友人の数についても「多い」「まあ多い」を合わせた回答や、目上の人との会話について「得意」「まあ得意」を合わせた回答の割合も、内定を得られたという学生のほうが平均よりも5ポイントから6ポイントほど高かったということがわかりました。

 就職で内定を得られた学生は、家族ともよく話をし、友人も多く、目上の人との会話もできる、そんな姿が浮かび上がりました。

 「他者とのコミュニケーションがとれる人材を企業は求めているということでしょう。

 そう考えると

 やっぱり、家庭内での会話は大切ですね!

 お互いの気持ちや考えを伝えあう、そんな時間を確保したいものです。

視点が変わると

2010 年 7 月 20 日 火曜日

 ふたり兄弟の男の子がいました。

 年に1度の夏祭りのとき、ふたりはお母さんからそれぞれ500円ずつ、お小遣いをもらいました。

 お兄ちゃんは、お祭り開始30分で、見事に(!?)500円使い切りました。

 たこやき、わたがし、スーパーボールすくい、射的、かき氷・・・。

 一方、弟は、チョコバナナを1つ買っただけで、残りのお金はぶたさん貯金箱にちゃりんと、入れました。

 そのふたりを見て

 お父さんは、兄にこう言いました。
  「祭り、楽しかったか?そうかそうか、それはよかったなあ。お父さんも子どもの頃は、金魚すくいの達人だったんだぞ!」

 そして、弟にはこう言いました。
  「全部使ったらいいんだぞ。遠慮してるのか。せっかくのお祭りなのに、貯金なんかしなくっても・・・」

 そのあと、お母さんがやって来ました。

 兄にはこう言いました。
  「あら、全部使っちゃったの?少しぐらい残しておけばいいのに。来月、健太くんに誕生日プレゼント買わなきゃいけないんでしょ?どうするの?お小遣い、あるの?」

 そして、弟にはこう言いました。
  「ちゃんと貯金したのね!えらいじゃない。計画的にお金を使うって大事なことなのよ」

 兄と弟、お父さんとお母さん、どちらが正しという問題ではないでしょう。

 おもしろいのは、人にはいろんな考え方があり、子どもは親の考え方に強く影響を受けるということです。

 あきらかに矯正しなければならない問題も子育てには多々あります。

 そんなときは、毅然とした姿勢で子どもに教えていかなければなりません。

 でも、「もしかしたら、これって好みの問題?」というような場合は、子どもの個性を認めて、受け入れることが必要です。

 時にゆずらず、時に融通をきかせて、というバランスが子育ての難しさであり、楽しさでもあると思います。

自主と強制⑤

2010 年 7 月 16 日 金曜日

勉強する習慣をもち、勉強することの意味を自分なりに感じている子どもは、自ら学び出すようになりやすいものです。

 

そうなってくれば、強制的に勉強をさせるのでなく、子どもが計画をたてたり、自分で何を勉強するのかを選べばいいのです。

 

中学生の定期テスト前の対策授業で、「今から室町時代もまとめをやるよ」と言ったときに「先生、ぼく、社会は完璧に勉強したので、理科をやっていいですか」と言った生徒がいました。すばらしい!なんという自主性!そういった子どもは、こちらが強制しないほうがいわけです。

 

最後に、大切なことをひとつ。

 

子どもが自ら自主的に勉強するようになるのに、欠かせないことがあります。

 

それは、「子どもを信じる」ということです。「どうせこの子は自分からなんてしないわ」と親が思っていると、そのとおりにしかなりません。

 

子どもが自分で勉強するようになるための「しくみ」をつくること。そして、子どもを信じる「こころ」をもつこと。そういった、親のはたらきかけが子どもの自主性を育むのではないでしょうか。

自主と強制④

2010 年 7 月 15 日 木曜日

自主と強制について、もう少し説明します。

 

たとえば、わたしが中3受験生用に「偏差値が5UP確実のすばらしいプリント!」を作成したとします。

 

これを生徒に見せながら、「このプリントやりこんだら、成績あがるぞぉ~。どうする、やるか~」と言ったとします。翌週、やってきた生徒がいれば、「よしよし、いいぞ!」です。やってこなかったとしたらどうでしょう。

 

そうです。やってこなかったとしても、叱れないのです。

 

なぜなら、これは、「自主」学習なわけですから。「強制」学習であれば、やってこないときに、叱ることができるわけです。つまり、自主的な学習については、するかしないかの選択権は子どもに委ねられるというわけです。

 

「自主」と「強制」は使い分けが大切です。

 

「自主」だけだと、子どもは勉強しなくなる可能性もありますし、「強制」ばかりだと、やる気を失ってしまうこともあり得ます。子どもの性格や成長段階に応じて、「自主」と「強制」をうまく、使い分けていきたいものです。

 

具体的には、子どもが小さいうちや自分自身をコントロールする力が弱い間は、「強制」学習が必要だと思います。宿題や小テストの勉強は、「必ずしないといけない」とい意識を植え付けることも大切ですし、実際に、親がついて勉強させること場面もでてくるでしょう。

 

勉強することという「型」をしっかりつけていくことができれば、勉強することが苦にならない子どもになる可能性は高いと思います。毎朝、歯を磨くのと同じで、毎日、机に向かって勉強すれば、それが習慣になるのです。