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開成教育グループ


2014 年 3 月 3 日 のアーカイブ

通奏低音を奏でる

2014 年 3 月 3 日 月曜日

2014 年度の大学入試も 2 月 25 日,26 日の国公立の前期日程試験を終えて,終盤へと向かいつつあります.この時期,今年出題された大学入試問題に目を通していくことは,ある意味,楽しみでもあるのですが,これまでの指導がこれでよかったのか,を問われる「試験」でもあり,ある意味不安でもあります.

その中で目を引いたのは,京都大学の英語の問題でした.数学者の発想について書かれた英文が出題されていました.そこには,数学者の功績には,直観と呼ばざるをえないものが大きな役割が果たしている,すなわち,突然の論理の大きな飛躍がその功績を生み出したのだとありました.

当然ですが,数学は論理を極めて重要視する学問です.ユークリッドの「原論」によって,まず「定義」「公理」を定め,そこから論理的に「証明」を行うことで,次々と「定理」を産み出していきます.しかし,それだけではないということです.新たな発見には,直観的なひらめきが必要だということです.

これは高校レベルの数学の問題を解くときにも感じます.もちろん,高校で扱う数学は,数学者が扱うようなオープンプロブレムではなく,きちんとした「解答」がありますから,数学者の扱う数学とはまったく次元が異なるものです.しかし,いくらきちんと解いていっても,「こんな発想どこから来るのだ」という問題にぶち当たります.

「こんなの思いつかない」「なかなかできるようにならない」と言われる問題があるたびに感じるのは,それは単なる勉強不足ではなく,数学者の次元とはまるで異なるものではあるのでしょうが,何かが数学の問題を解く上で必要なものが根底に,通奏低音のように流れているのではないか,ということです.そしてそれを知らず知らずのうちに体感している人が,いわゆる「センスがある」と呼ばれるようになる,と感じます.

さらに,複数の科目を教えると,どの科目にも通じるいわゆる「学ぶときの通奏低音」が存在しているようにも感じます.それぞれの科目によって,必要とする知識の多寡は,あるいはレベルは異なるにせよ,その科目を扱う上で必要な最低限の知識を定着させたなら,あとはその調べにのるだけである程度はできてしまうのではないでしょうか.

この通奏低音をどうすれば聞き取れるようになるのか,それはやはり「経験」なのだろうと思います.あとは「考える」ことでしょうか.諦めずに耳を傾ける必要があるのだと思います.そんな中で知らず知らずのうちに体感でき,その調べに乗れるようになるのだと思います.おそらく聞き取れるようになった瞬間はわからないように思います.「気がついたらできるようになっていた」というのがこれじゃないのかと思います.

もちろん典型的な問題の解法をきちんと伝えることも重要なのですが,それと同時に,授業の中で,学ぶことの根底にある通奏低音を奏でていく,それが必要だなと感じています.

開成ハイスクール 片岡尚樹