個別指導学院 フリーステップ

大阪大学 合格者インタビュー

今春、大阪大学に合格されたフリーステップ卒業生に、大阪大学豊中キャンパスでインタビューを行いました。フリーステップでの学習や、受験のときの様子など、さまざまな体験談を交えた話に花が咲きました。

 
◆インタビュー参加者◆

高橋遼くん
大阪大学工学部合格(大阪府立天王寺高校卒)
フリーステップ文の里教室出身

竹内久美子さん
大阪大学外国語学部合格(大阪府立住吉高校卒)
フリーステップ岸里教室出身

向井里奈さん
大阪大学外国語学部合格(清教学園高校卒)
フリーステップ三日市教室出身

◆聞き手◆

 南梨央さん
ホリプロ所属

■フリーステップに入会したきっかけ

南さん :大阪大学現役合格おめでとうございます。みなさんフリーステップで受験勉強をして合格されたわけなんですが、フリーステップに入会されたきっかけを教えてもらえますか?

向井さん :私は、高1の頃に入会しました。入会のきっかけは、高校の数学が全然できなかったからです。それで、基礎から教えてもらえそうな個別指導の塾を探していました。駅から近いし、きれいで広いのでフリーステップの三日市教室に入会しました。

南さん :フリーステップを選んで良かったですか?

向井さん :苦手だったとこを、ちゃんと横についてもらって、教えてもらえるところが良かったです。最初は、高校の定期テスト対策をしてもらいました。わからなかったらその都度教えてもらえたのが効果的でした。数学を教えて下さったのは、矢田先生という男の先生です。私が、あまりに数学ができなかったので、何とか私がわかるように本当に一生懸命に基礎からおしえてくださいました。授業をどう進めるかの相談もしやすかったし、どんな問題集を使えば良いかの提案もしていただいたりとか、長く教えていただきました。おかげで、(入会した)最初よりは確実に数学の点が取れるようになりました。

竹内さん :私も高1の終わりに入会しました。そのころ、高校の成績が悲惨な状況で、高1の最後のテストでは、学年で三桁の成績でした。特に、数学が苦手だったので、このままでは高校の授業についていけないことに気がついて、個別指導の塾に行こうと思って、フリーステップの岸里教室に入会したんです。

南さん :フリーステップを決めた理由は何ですか?

竹内さん :家から近いし、(授業料が)安いし(笑)。

南さん :成績は上がりましたか?

竹内さん :かなり上がりましたね。高1の最後の定期テストで、実は数学は赤点だったんですよ。それが、いきなり高2の最初の定期テストで学年1位になった!テスト範囲は「数列」のところで86点!今までやっていたところの復習ではなくて、新しい単元だったということもあって、学年トップになれました。

南さん :先生やお友達はびっくりしたんじゃないんですか?

竹内さん :そういうわけでもなかったんです。(トップになったのが)学年がかわって最初の試験だったんで、クラスも変わったし、私がもともと赤点だったことを先生も周りも知らなかったので、そんなにびっくりされなかった(笑)。
 でも、フリーステップでは、チーフとか講師とかみんなびっくりしてくれました。

高橋くん :僕は、中3からフリーステップの文の里教室に通っていました。(大学合格まで)ずっとフリーステップ一本です。高校合格後、高校に入学してからもフリーステップを続けました。

南さん :継続しようとした理由は何ですか?

高橋くん :フリーステップを高校入学後も続けたのは当時の小林チーフからの薦めです。「高校に入ったら、数学の進度が速いから、つまずかないようにフリーステップは継続しなさい」と言われました。それは絶対に正解でしたね。
数学はそのおかげで高校でも、ずっと数学の成績が良かったです。
 僕は、中学の時はそんなに数学が得意というわけではなかったんです。高校に入ったときは中の上ぐらいだったんですが、高1からずっと数学が得意科目になりましたね。数学は、学年でも最後までいつもトップクラスでした。

 フリーステップでは、数学は谷川先生に教わっていました。よかったです。すごく数学が出きる先生で、解説とか本当にわかりやすかった。教科書や問題集に載っている解き方以外に別解とか、いろいろな考え方を教えてもらえました。数学については信頼し切っていました。
 受験勉強をはじめてからは、英語も受講しました。英語は苦手で高校でも下の方だったんですが、文法とかを中心に教えてもらって、すごくのびました。英語の勉強は、元々何をして良いのかわからなかったけれど、先生からやることを教えてもらったので迷わずにやることが決まったし、勉強時間も増えました。

■大阪大学を受験しようと思ったきっかけ

向井さん :阪大を決めたのは、高2になってからです。最初は大阪市大を目指していたんですが、勉強をしていたら自分は外国語が好きだと気がつきました。それで、選んだのがハンガリー語です。ヨーロッパ系の言葉で人がやらない言語をやりたいと思っていました。ハンガリー語は阪大でしか勉強ができないんです。

竹内さん :私も、元々は、大阪市大志望だったんです。でも、最初は上を目指していても、直前で落とすことになるのが普通だから、とりあえず、最初は阪大目指してみようかなって。それで高2ぐらいで、阪大を考え出しました。そのことを担任の先生との面談で話をしたら、「阪大に合格しましたという報告を私にしに来て」と担任の先生に言われました。これが、きっかけですね。
 私、高校入試のときも、頑張って高校に入ったわけではなかったので、自分の番号を見ても感動がなかったんです。同じ中学で(合格の可能性が)半々と言われていた友達が、合格発表で嬉しくて泣いていたのを見て、大学入試では、受かって感動して泣きたいと思っていました。

南さん :泣けましたか?

竹内さん :それが泣くきっかけを失ってしまったんです。
 私、発表を朝の10時と勘違いしていて、そしたら本当は9時発表だったんです。阪大の発表は、9時にホームページと速達であるんですけど、母が泣きながら2階に上がってきたんです。母は、花粉症なので(それで)泣いているのかなーって思ったら、「見てー」ってお母さんが泣きながら合格通知を見せてくれた。速達を先にお母さんに見られた。おかげで、私は泣けなかったけど、お母さんが代わりに泣いてくれました(笑)。

高橋くん :高校に入ったはじめは、大学は行けるところへ行くつもりで、別にどこという志望校はありませんでした。でも高2の夏にオープンキャンパスでいくつかの大学を見に行ったときに、その中で阪大が特に良くて工学部が面白そうと感じました。
 吹田の阪大のキャンパスは、理系中心のすごく広いキャンパスなんです。そのとき工学部の体験授業を受けました。学科の紹介とかあって、「こんなことを大学でやっています」とか教えてもらった。研究室とかも見せてもらって、それで阪大に行こうと思いました。
 友達との流れで阪大を見に行ったんですが、吹田の広大なキャンパスの理系学部を見たら誰でもあこがれるとおもいます。

■フリーステップ、チーフや先生方との思い出

向井さん :フリーステップの斉藤チーフや先生方には本当にいろいろとお世話になりました。また、他の教室のチーフの先生なんですが、大槻先生にも、勉強法とか弱点チェックの方法とか、すごくお世話になりました。
 例えば、高校では、たくさん模試とかあったんですが、ただ受けるだけだったんです。でも、フリーステップに持っていって、いつも先生方から模試の分析をしてもらっていました。弱点とか、分野の勉強方とか、ここをこうしたらとか。すごく助かりました。

 2学期になって、成績がなかなか上がらなくて、どうすれば結果が出せるかわからなくて、精神的にだんだんしんどくなってきたんです。病んで(やんで)きてたんですね。秋ぐらいからしんどくなってきて、学校の自習室とかにいるとしんどくなってくるけど、フリステは精神的に楽にさせてくれる雰囲気があって、小学生とかがいることで、ほっとするんです(笑)
 フリーステップの自習室はすごくよく使わせてもらっていました。入試前までずっと塾が閉まるまで居させてもらっていました。塾の授業がないときも毎日通っていました。

南さん :フリーステップに入り浸りだったんですね。

向井さん :はい。受験の最後の頃は、他のフリーステップの大学受験の友達がみんな、推薦や私立で次々に大学を決めていって塾を去っていったので、その頃はとても寂しくなってました。でも、三日市教室から国公立大学を受けるのが、今年は自分だけだったので、みなさんからすごく応援していただいた。阪大の受験前にチーフの斉藤りょう先生とか他の先生達とかも、みんなで私に色紙(しきし)を書いてくれました。

高橋くん :僕は、フリーステップの後輩達に伝えたいのは、生活リズムが大切だということです。僕は、自分の(勉強の)リズムを保てるようにしていました。
 僕の場合、学校の教室に残って自習していてもダレてくるので、フリーステップの自習室で勉強するようにしていました。家や学校よりも、こっちの方が(勉強が)はかどりました。自習室にはほぼ毎日通っていました。長く自習室に居座るのではなく、たとえ短い時間でも、自習室にいる間は勉強に集中するようにしていました。うまく、勉強のリズムを作るようにしたら良いと思います。

竹内さん :私は、岸里教室の金山チーフには、一番感謝しています。昔、お笑いの世界を目指していた面白い先生です。変に笑ってしまう。いつでもいろいろと相談に乗ってくれて、センター前に緊張していたら、「センターは楽しんでおいで」とリラックスさせてくれました。試験前に、「100万円入っている」という、その割には薄い封筒をくれて(笑)、試験前に見るように言われたんです。試験の時に開けてみたら、やたらテンションの高い手紙で、「試験が終わったら、またおもろーな話をしよう」と書いてあって、チーフの自分の「サイン」が入っていた。

南さん :サインですか?

竹内さん :はい、どっかの芸能人のみたいな(笑) 

南さん :本番での受験の印象を教えて下さい。

竹内さん :私は、模擬試験ではどの科目も悪かったんです。判定も全部悪かった。最後までずっとE判定でした。今年はどうせ通らないと思っていたし、来年頑張ろうと思っていました。だから、今年、受からないとあかんという気はなかった。でも、センターの本番ではうまくいきました。センターはホンマに奇跡でした。どの科目も、自己ベストだったんです。まるで私のためのセンター試験でした。
 今年は例年よりかなり難しくて、周りの友達がみんな失敗していたのに、私はいつもの模試や過去問練習より6パーセントぐらい上やった。みんなは、5%くらい下回っていたのに。私は、模試ではいつも悪かったけど、本番のデータリサーチではC判定ありました。
 それで、私立大学は受けずに、阪大だけ目指して頑張りました。私立を受けなかったのは、そんな時間がぜんぜんなかったからです。もう、受けに行っている暇がなかったし、私立のことを考える時間もなかったんです。
 でも、阪大の前期入試は落ちました。やっぱり、奇跡はそうそう続かないものです(笑)

南さん :前期入試で不合格はショックだったんじゃないですか?

竹内さん :そりゃあショックでした。私の受験番号はトップの001番だったんです。発表を見ると、002番から番号が始まっていて、自分の番号を探す必要もなく、瞬間で不合格がわかった(笑)。


 それで、後期入試で頑張ったんですが、手応えがすごく悪くて、テストが終わって帰ってきたら予備校探しを始めていました。でも合格できて本当に嬉しかったです。

向井さん :私は、センター試験は、思いの外緊張しなかったですね。おかげで、センターはうまくいきました。でも、自分では緊張していないつもりだったけど、実はそうでもなかったようで、センターが終わった直後の脱力感がすごかったんです。テストが終わった瞬間に気が抜けたようになって、入試会場まで親に迎えに来てもらったけど、帰りの車の中で、ぐったりしていました。
 逆に、阪大の二次試験ではめちゃくちゃ緊張しました。どうやって阪大までたどり着いたのか覚えていないくらい緊張しました。阪大に必死で着いて、テストをもらって、それを解いて、終わって、帰ってと、なんか無我夢中でした。試験は全然できなかった印象でした。特に英語ができなかった。私にとっては英語が命だったのに。でも国語は思ったよりはできました。

■合格発表のときの思い出

南さん :合格発表の時はどうでしたか?

向井さん :私は、完璧に落ちたと思っていました。どうせ落ちてると思っていたから、リビングのパソコンで発表を「どうせ落ちてるし、どうせ落ちてるし、はいはい」という感じで見ました。母も普段と同じように部屋の掃除をしていたし。だから、受かっているのがわかったとき「えっ」っていう感じ。落ちていたら後期入試の勉強をするつもりで用意していたのに(笑)
 お母さん、不意打ちで、今日が発表だってことは知っていたけど、お母さんも私が落ちたつもりでいたから、お母さん全然心の準備できていなくて、私が「受かった!」と叫んだら、

ぞうきん持って飛んできた(笑)

高橋くん :センターは、完全にミスりました。英語と国語で失敗しました。特に国語は壊滅状態だったですね。全体的に大失敗でした。
 前期入試では失敗したと思っていたので、後期入試の勉強をかなりやっていました。だから受かったときには、本当にびっくりしました。あまりのおどろきで、驚きを通り越した感じでしたね(笑)。でも、周りの高校の友達がほぼ全員落ちたので、あまり素直には喜べない感じでした。

 発表の日は、ちょうど大阪府立大学の中期の入試だったんです。試験のお昼休みのときに、母親から「夜どっかに食べに行く?」というメールが来たんです。なかなか意味深なメールで(笑)、どっちかな?受かったのか落ちたのかわからないメールが来たんですよ。受かってお祝いのメールか、落ちた慰めの食事なのか(笑)それで、家に帰って、パソコンで自分で合格を確認しました。

南さん :どこに食事に行ったんですか?

高橋くん :結局、家で食事しました(大笑)

南さん :みなさん、本日はどうもありがとうございました。