◆インタビュー参加者◆
吉田真理さん
大阪大学外国語学部合格(滋賀県立膳所高校卒)
フリーステップ代ゼミサテライン草津教室出身
山口剛士くん
大阪大学外国語学部合格(大阪府立三国丘高校卒)
フリーステップ代ゼミサテライン堺東教室出身
井上彩香さん
大阪大学外国語学部合格(東海大付属仰星高校卒)
フリーステップ松井山手教室出身
◆聞き手◆
南梨央さん
ホリプロ所属
南さん :みなさん、大阪大学の外国語学部に合格されたんですね。志望の理由はなんですか?
吉田さん :私は、最初は大阪外国語大学に行くつもりでした。でも、大阪外大が阪大と合併して総合大学になったし、総合大学になることで、いろいろと語学以外にも幅広く学べそうに思えて、高1の冬頃、他の大学ではなくて大阪大学の外国語学部を志望校にしました。

外国語学部を目指したのは、英語が好きだからです。クラブもESSクラブですし、また、高校の英語の先生の影響もありました。スペイン語を専攻したのは、私の住んでいる滋賀県は南米から働きに来ている人が多いんです。それでスペイン語を選びました。
井上さん :私も、英語は得意だったし、元々、外国語の勉強をやりたかったので、大阪外国語大学を最初は考えていました。それが、阪大とくっついて偏差値も上がったので迷ったんですけど、自分に何か技術を身につけたいと思って、そのまま目指すことにしました。
山口くん :僕も、みんなと同じで、高校に入学した頃から外国語系を考えていたんで、最初は大阪外国語大学を志望していました。その時に、大阪外大が大阪大学と合併するという話を聞いて、そのまま大阪大学を志望する形になりました。大阪大学が志望校となることで、初めは少し阪大という名前に負けていた気持ちがありましたが、元々得意だった英語が入試で生かせるということもあるんで、「なんとか頑張ろう!」という気持ちになっていきました。
南さん :フリーステップに入会したきっかけは何ですか?
吉田さん :私は、高3からフリーステップの代ゼミサテライン予備校の草津教室に入りました。最初は、自習をする自習室が欲しくて。そしたら、サテラインが一番安くて(笑)、しかも先に入会した高校の友達が「すごく雰囲気が良いよ、暖かい人間関係があるよ」って誘ってくれたんで、入会しました。
私は、数学の山本先生とか、世界史の佐藤先生とかの授業を受けていました。サテラインは、予備校の代ゼミ生の授業をDVDで実況中継で収録したものなんです。だから、年度の途中からでも、一番最初の授業から受けることができる。「年度の途中からでも間に合う」って思って受けていました。
草津教室は、勉強に集中できる環境だったし、いろんな先生に質問もいっぱいできた。だから、学校が終わってから教室が閉まる夜の10時位まで、毎日、学校の帰り道に通っていました。
井上さん :私は、高2くらいですね。高校の先生が受験のことをちょっとは気にしろよ、って言いだしはじめて、受験のことを気にし始めた。
私は、高3になるまで、高校時代は遊んでました。とにかく遊んでいた。家では全然勉強してなくて。それで、ちゃんと勉強する習慣を付けようと思って、そして安定した成績を取れるようにと思って、塾への入学を考えました。
個別指導を選んだのは、私の高校が内部進学の六年一貫校だったので、他の学校とはすすみ具合がちがったからです。自分の苦手なところを個別に見てもらいたかったので、学校からの帰り道にあるフリーステップの松井山手教室に入会を決めました。
山口くん :僕は、フリーステップの代ゼミサテライン予備校に入会したのは遅くて、高校3年生になってからです。代ゼミサテラインの授業は大満足でしたね。うちの高校から、代ゼミサテラインに、通ってる友達生徒が結構多かったんです。それで、世界史の授業を体験で受けてすごく良いことがわかって、入会しました。

南さん :どんなふうに良かったんですか?
山口くん :世界史の佐藤幸夫先生は、先生自身が世界史が大好きなんですね。各時代の時代背景や付随する内容を踏まえて説明してくださったので、とても分かりやすく勉強しやすかったです。特に、この先生は板書がすごいんですよ。覚えることを要領よく黒板にまとめてくれて、すごく良かったです。しかも、授業中によく笑わしてくれるし。
生物の大堀求先生は、授業の中での板書は、単に覚える事項を羅列していくのではなくて、生徒自身が考える思考のプロセスを板書してくださっていたんですね。だから、どういう思考をたどって解答にたどり着けるかが理解しやすかったし、暗記すべきことも整理して暗記できました。
受験の暗記科目といわれている科目でも、やはり流れを理解して覚えるということがとても大事だと思いますね。
井上さん :私は、教室チーフの富久先生に英語とか国語を教えてもらっていました。優しい先生でしたね。丁寧で、進路指導もしてもらえました。
成績が上がってきたのは高三の9月模試くらいからですね。最初の頃は、模擬試験の成績も当たりはずれがあったんだけど、その頃から良い成績が取れるようになりました。とりあえず、C判定ぐらいになりました。でも、いつまでもC判定だったけど(笑)。
南さん :焦ることってありましたか?
井上さん :ちょうどそのころですね。その時期、成績がなかなか伸びなかった。それで、志望校を変えようかとか、もっと受かりやすいところにしようかなとか迷っていました。でも、「ここまでがんばったんやったら最後までがんばり」って富久先生に言われて、じゃあ頑張ろうかと(笑)。
ホントに一番しんどかったのは、秋の10月11月ごろです。いつまでも判定が伸びないし。周りの友達は推薦で、次々に大学が決まっているのに、自分だけ、年を越してお正月も勉強。それがめっちゃしんどかった。
秋になかなか伸びなかったのは、夏休みを思ったよりもだらだら過ごしてしまったからです。夏の間、それほど詰めずに勉強してて、あとですごく後悔しました。苦手な科目を夏の間につめきれなくて。得意な科目は、いつでも勉強できるけど、苦手な科目はなかなか手が着けられないから夏の間にしっかりやっておくべきでした。
南さん :何か受験勉強で工夫とかしてましたか?
山口くん :ブドウ糖って知っていますか。それを飲むと勉強のときに飲むと頭が良くなるっていうことで、お母さんが買ってきてくれた。お母さんが、ブドウ糖を売っている所を知っていたので、僕の友達の分まで買ってきてくれてみんなに配ってみんなで飲んでましたね(笑)。

南さん :大阪大学の入試の印象とか、どんな受験だったんですか?
山口くん :僕はセンター入試が苦手でした。とにかく、「覚える型」の試験は教科に関わらず苦手でした。それで、テストの前の日は寝れなかった。
センターのときも、前期入試のときもどっちも、試験前の夜は寝れなかったですね。そんなんで前期は落ちました。試験後、あかんとはわかっていましたけど。
吉田さん :私は、模試の結果は良かったんです。だから(阪大現役合格は)行けると思ってました。でも、センターでは理数がだめだった。時間が足りなかった。でも、そのくせ外国語学部はセンターの配点割合が少ないから大丈夫と思ってた。センターを軽く見ていたんですよ。後で後悔。
前期の入試の阪大スペイン語学科の倍率は3倍だったんです。同じ高校から、スペイン語を受けに行くのも3人(笑)。で、「誰がこんなかから受かるんかな」って(笑)。これってすっごいプレッシャーで、案の定、1人受かった。でもそれは私じゃなかった(笑)。
井上さん :二次の試験当日は大変やったんです。入試当日にJRの電車がすごく遅れて受験場にたどり着いたのは試験前ギリギリでした。一時間以上も余裕を持って家を出たのに、ちょうど大雨の日で最悪やった。これ以上ないくらい、最悪の状態だったんです。ホントに駆け込み状態で試験場に入ったんですよ。試験場にやっと着いて、座ったとたんに「はい、始め」ってな感じで(笑)。
(阪大以外の)大阪府大とかJR沿線の学校は、JRの電車にあわせて受験開始時間を遅らせてくれたらしいけれど、阪大はそれがなく大変でした。ばたばたの状態で始めた試験だったけど、なんと、最初の世界史の試験で、遅れた電車の中で見ていたところがちょうど出て(笑)、「これ、うち、きたわー!」って(大笑い)
南さん :発表はどんな感じでしたか?
井上さん :発表のとき、前日は落ち着かなくて、英語が心配で心配で。たぶん落ちたと思っていた。だから、後期入試に向けての勉強も始めてたんですけど、全然手につかなくて。
発表の日、朝あまりにも早く起きすぎて、10時の発表までずっと待っていた。
発表は、ホームページであるんですけど、お母さんは、「はやくはやく、まだー」っていうし、私は、「私が、クリックするから。絶対、私が先に見るから。先に結果をみんといて」って言って、二人で見た。ホームページでの合格者番号の字がめちゃ小さくて、番号を見つけたとき、「間違えて記載されてるんやったらどうしょ」と急に思った。
でも、うれしくて、「まちがえていても、合格は合格やんな」って、お母さんと言って、二人で「うわー」って喜んでいた。
でも、お母さんは、すぐに冷静に戻って、「あっ、洗濯の続きせな」と言って去っていった(笑)。
吉田さん :私は、家のパソコンで発表を見たんですけど、めっちゃ小さい字で番号が出てて、受かるつもりでいたから、番号がないのはまちがいじゃないかと(笑)。
不合格のあと、家族がみんなすごくやさしくて(笑)、まるで腫れ物にさわるようにしてた(笑)。
南さん :それから後期に向けて頑張ったんですね。
吉田さん :後期入試は、とにかく「出来るはず」と信じて受けました。前期の不合格の日から後期入試までは4日ほどあるんですけど、この時期は、勉強と言うよりもなんとか立ち直る期間で(笑)、どうにか(後期入試を)受けに行く心構えを作っていましたね。この時期、そういう使い方も良いと思います(笑)。
山口くん :不合格の発表の4日後が後期入試の日なんですよ。僕は、この4日間は、必死で頑張りましたね。この4日間だけは、ホンマに今までで一番頑張った。もう、一生こんな努力はしないだろうと思うくらいやった。このとき友達が、僕の後ろ姿を見かけても、話しかけられないオーラが、必死のオーラが出ていたそうです。
吉田さん :ちょうどこのころ、高校の先生から、「どうせ落ち込んでるんやろう。学校に来なさい」って電話がかかってきたんです。それで、学校や塾に不合格の報告に行ったんです。そしたら、私のいる職員室に次々に「受かりましたー!」とか言って(他の受験生が)入って来るんです。受かった子は、派手なおしゃれな格好で報告に来るんです(笑)。みんな私服で。でも落ちた人は、制服で登校(大笑)。受かった人は、もう大学生ですって感じになってて。
「あの子も受かったんやー」って。髪の毛も染めていたり、お化粧もしていたり。
私、その日学校で、前期で受かった子たちから、「お守り」をいっぱいもらった。「次、頑張ってね」って(大笑)。
井上さん :私は、受かったってわかったその日のうちに髪を染めに行った(大笑)。

高校に合格の報告に行ったら、ちょうどクラスメイトが、高校の先生と一緒にホームページで合格発表の結果を調べている現場に居合わせてしまって、気まずかった。その子はアウトで、こっちは髪染めていて私服で行ってて「(その子に)落ち込むなよー」と明るく言ったつもりですが(笑)
吉田さん :私は、後期入試もさっぱりで打ちひしがれていました。手応えが全然なくて。それで、受験票をちゃんととっておいておくという気もなくて、(受験票が)どっかに行ってしまってて、発表の時、受験票がどこにいったかわからなくて部屋中探しまくった。受かったと思うけど 確信がなく、パソコンでの合格発表で、「たぶんこんな番号だったはずなんだけど」って(笑)。
それで、学校の担任に電話して「私の受験番号知ってますか」って聞いたら、「知るか、そんなん聞かれても」って(大笑)。でも、受かっていたんですよ。速達が2時間くらい後に来て、そんときは郵便屋さんが天使に見えた。
山口くん:僕も、なんとか後期で合格しました。受かったという感じはしてたんですけど、その割には合格した後の準備は何もしてなくて。後期合格の場合、合格発表から入学式や手続きの締切まで時間がないんですよ。スーツ買いに行くやら、銀行に行くやら、入学まで時間がないから大変やった(笑)。
南さん :フリーステップの後輩に何か一言お願いします。
吉田さん :(大学は)受けに行かないと受からない。そのことを後輩に伝えたいです。もし、後期入試で学校を変えていたらすごく後悔したと思う。後期入試で志望校を下げないで、阪大のスペイン語でがんばれたのは、はげましてくれたチーフの北園先生のおかげです。
山口くん :代ゼミサテラインの授業は、それこそ何度でも見て知識を定着させることが出来る。そして、最高の先生を実感できるよ。
井上さん :判定が上がらなくて、くじけそうになったとき、自己暗示になるくらい「受かる受かる」と言い続けていました。志望校を簡単には変えないで、自分を信じて頑張っていたらなんとかなると思います。後期入試まであって、国公立大受験は期間が長くてしんどいけど 後期まで考えた志望校を考えてその対策をして下さい。あと、私は、一人っ子なんで、ずっとお母さんに本当に支えてもらった感じがしてます。「何言ってるん」とか、けっこう言葉はきつく言われたこともあったけど、愛情ある言葉だった。(お母さんには)感謝してます。お父さんもずっと見守ってくれてたし。
南さん :今日はどうもありがとうございました。