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開成教育グループ


学習定着の鉄則

2017年3月24日

学習定着の鉄則

 

随分と以前のことだが、ある小学生のお母さまから次のようなお叱りを受けたことがある。

 

塾から出された子どもへの算数の宿題を見るのだが、それが全然できていない。

授業でやった問題のはずなのに子どもが、解き方がわからないという。

この間、授業でやったばかりの問題なのに、どうしてできないのか。

だいたい、そういう内容のお叱りであった。

 

私は、その生徒の授業のことをよく覚えていた。

前回も前々回も、その生徒は授業中にその算数の問題を確かに理解していたし、また解けていた。

担当講師に聞いても、授業中にちゃんと理解できているし、問題も解けていると言う。

しかし、宿題となると全くできていないというのも事実のようだった。

講師も、なぜ授業中にできていた問題が、宿題となるとさっぱりできなくなるのか疑問に思っていたというのである。

 

さて、このコラムの読者の皆さんが、探偵コナンかホームズか、明智小五郎(ちょっと古いか)であったなら、この謎が解けるだろうか。

なお、この出来事に出てくる登場人物は、すべて嘘は言っていない。

 

講師の証言 「その生徒は確かに授業中、自分が説明したことをよく理解し問題も解けている。しかし1週間後の授業では、先週に教えたことがなぜかできなくなっていて、しかも、出した宿題も全然できていない。不思議に思っている。」

生徒の証言 「宿題ができない。問題も全然解けない。塾で何を勉強しているのとお母さんに怒られる。」

母親の証言 「個別指導塾に通わせているのに、宿題に出された問題が分からないと子どもは言う。答え合わせをしてみると全然問題が解けていない。いったい授業では、どんな指導をしているのか。」

 

この謎を皆さんも考えてみてほしい。

 

なぜこのようなことになるのだろうか。

 

 

謎の種明かしを書いてみる。

 

実はこの謎は、単純な理由によるものだった。

 

この生徒は、確かに宿題をしていた。

しかし、いつ、その宿題をしていたかが問題だったのだ。

 

この生徒は、宿題を、それを出された授業の1週間後、次の週に授業に行く直前に宿題をしていたのだった。

 

授業を受けてから、次の授業の当日まで、彼は宿題もせず、授業の復習もせず、次の授業日の塾に出かける直前にあわてて宿題をしていたのだった。

母親は、宿題をしている子どもの様子を見て、しかも全然問題が解けていない様子を見て、塾にどんな指導をしているのかと文句を言ってきたのである。

 

あまりに単純な謎だったのだが、けっこうこの「謎」を、理由が分からない程の「深い謎」にしてしまう人は多い。

 

例えば、このコラムを読んでいるキミ。

キミが苦手にしている科目、キミのやっている勉強自体、この小学生と同じことをしてはいないか?

 

勉強は、復習が大切である。

そして、その復習は、なるべく早く、習ったらすぐにしなければならない。

自分が習ったことを忘れないうちに、家に帰ったらすぐに、その定着をしなければならない。

 

この理屈は大人でも同じだ。

 

例えば、あるパソコンソフトの使い方を習った。ある手の込んだ料理の作り方を習った。新しくスペイン語を習った。

 

習ってから1週間も何もしなければ、習ったことを忘れてしまい、それができなくなるのは当たり前だ。

 

塾や学校で学んだことは、なるべく早く復習をしよう。

宿題もすぐにやってしまおう。

それが、学んだことをしっかりと定着させる方法なのだ。

 

この鉄則は、小学生に限らない。

すべての学年、いや新しいことを学ぶ全ての人に、これは共通の鉄則なのだ。

 

■習ってすぐの復習は、学習定着の鉄則だ!

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

高校の学習内容をなめてはいけない

2017年3月10日

高校での勉強というものを「なめては」いけない

 

高校受験の勉強が終わり、合格発表もあった。

 

それは、合格したキミたちにとって大変うれしいことだろう。

苦しかった受験勉強が終わったのだから、しばらく一服したくなる気持ちもよくわかる。

この春休みの間に、それまで我慢していたいくつかの遊びをするのも大いに結構だ。

 

ただ、そこで忘れてはいけないのは高校に入ってから始まる勉強の量と質のことである。

 

今度、高校に入学する諸君は、ぜひとも早いうちに高校1年生で学ぶ、数学や英語の参考書を塾や先輩から見せてもらうことを勧める。

そして、それらの科目の参考書や問題集のどの辺までが、いつごろまでに勉強することになるのか、その量と質を教えてもらうことがよいだろう。

 

高校で学ぶ内容を見ると、きっとそれはキミたちの想像を超えて、ずいぶんと難しく見えるのではないかと思う。

 

実際に「大変」難しくなる。

 

高校での勉強は、中学校のそれと比べて格段に難しくなる。

 

入った高校の雰囲気にもよるのだが、最初から授業を厳しく行われる高校もあれば、入学直後の緊張感をほぐすためか、ゆるめの雰囲気で授業がスタートする高校もある。

 

ゆるめの学校では、授業は思ったほどキビしくない。

入学直後のテストでも思ったほど悪い成績でもない。

そこで、すこし高校の学習内容をなめた気持ちになる。

何とかやっていけそうに思う。

クラブの勧誘も始まった。

楽しそうなクラブの見学にも行った。

友だちもできた。

 

そのときに入学前に決意していた緊張感が取れてしまう。

そんな人が多いのだ。

 

そこに落とし穴があらわれる。

 

小学校のころ、勉強ができた。

それで安心して中学に入り、勉強を軽視したらどうなるだろう。

 

「僕は小学校の時には、算数が得意だった」

 

そのセリフを中学校で数学が苦手になった者が口にしたら、周りから小馬鹿にされるのがオチだ。小学校の算数の力が、そのまま中学数学に通用するはずがない。

 

ところが、高校に入ってくる生徒の中には、そういう気分の人たちが多いのだ。

 

確かに高校には、それぞれレベルの差がある。

生徒のレベルや授業のレベルの差はあるだろう。

 

しかし、学ぶ科目の内容の差はない。

 

自分が入った高校ごとに、その科目自体の内容が変わるわけではないのである。

 

なめずに最初からしっかりと学ばなければ、高校の勉強はなかなかに手強いのである。

 

■高校の学力差や格差はあるが、高校で学ぶ学習内容自体には「差」はなく、なかなか手強いことを知れ

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

「良き受験生」と言うこと

2017年3月3日

「良き受験生」と言うこと

 

日本語に「良き」という言葉がある。

いろいろな言葉にその「良き」あるいは「良い」を使うとことができる。

例えば、「良き父親」「良き母親」あるいは「良い医者」「良い教師」などである。

 

これに対して、「悪しき」「悪い」という言葉もある。

「悪い親」「悪い母親」「悪い医者」「悪い教師」などである。

 

さて、ここに一人の役者がいるとしよう。

その役者に、ある舞台で、「良い医者」の役、あるいは「良い教師」の役を演じて欲しいと依頼したとしよう。

きっと、その役者は、たったそれだけの条件であっても、なにがしかのイメージをもってそれらしく演技をすることができるだろう。

 

同様に「悪い父親」の役、「悪い政治家」の役をやってくれと依頼すれば、おそらく彼は、それなりに上手にその役を演じることができると思う。

 

つまり、「良い」という言葉が意味すること、あるいは「悪い」という言葉が意味するものは、それを聞く人たちにとってずいぶんと共通のイメージなのである。

 

さて、前置きが長くなった。

 

話題を君たち高校生に置き換えてみよう。

 

保護者からの、自分の息子、あるいは娘が、まだ受験生としての気構えができていない、とか、受験生としての振るまいができていないという、悩みを聞くことがある。

 

多くの場合、保護者が持っている、「良い受験生」というイメージに、自分の子どもがマッチしていない、合わないということからそういう訴えがあるのだ。

 

今、高校2年生の諸君は、来春の受験を控えているから、時期的には受験生のはずだ。

 

しかし、時期的に受験生であると言うことと、中身まで受験生になっているかどうかは別問題だ。

 

自分が受験生なっているかどうかは、客観的に誰でも分かるものである。

 

「良き受験生」として、世間のイメージ通りのふるまいをしているかどうかということだ。

 

大人の役者にではなく、子役の役者に「良き受験生役」を頼んだとしても、その子はおそらく、夜遅くまで勉強をするとか、いつも単語集を持ち歩くとか、あるいはテレビやゲームというものを遠ざけようとするというような、演技をするのではないだろうか。

 

「悪い受験生」を演じてくれと言えば、子役のその子でも、いつまでもダラダラとテレビを見たり、夜遅くまでテレビゲームをしていたり、申し訳程度の勉強する、そのような受験制約を演じるのではないだろうか。

 

自分が良い受験生になっているかどうかは、どうしても自分が当事者であるために、自分を客観的に見ることが難しいかもしれない。

 

でも、自分の日々の過ごし方を第三者が見たときに、それがどう見えそうか、それを想像することは、そんなに難しいことでない。

 

受験までのしばらく期間、ぜひ「良い受験生」を演じて欲しい。

それが、志望校合格への第一歩だ。

 

まずは、「形から入れ」ということなのだ。

 

■受験を成功させるためには「良い受験生」でなければならない。良い受験生になるためには、まず、その「形」から入るべし。

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

大学受験を目指す高校生への数学勉強法アドバイス

2017年2月24日

大学受験を目指す高校生への数学勉強法アドバイス

 

これから数学を新しく学ぶのではなく、高校2年生や高校3年生になって、数学の既習分野が、十分に増えてきた状態での、数学の効果的な受講方法をアドバイスしよう。

最強の復習学習法である。

 

まず、高2ならば、数学ⅠA の学校で使った問題集を高3ならば数学ⅡBまでの問題集を全部見直す。

 

いちいち問題を解く必要はない。

 

ぱっと見て、まずこれならできそうだと思える問題には、前回、説明したようにAの印を、

「できると思う」程度の問題にはB、

「できない、分からないと思う」問題にはCをつけていく。

 

例え一日かかったとしてもかまわないから、自分が学校などで使った問題集のすべての問題番号の横に、ABCのいずれかの記号を付けていくのだ。

 

分類をどれにすれば良いか分からない、という問題が、もしかするとほとんどかもしれない。

その場合には、ひとまずCの記号を付けよう。

圧倒的にBやCの数が多い表ができるだろう。

 

そして、一通りその作業が終わったら、その問題集(参考書)の目次の部分をコピーして、図2のような表を作る。

各項目ごとにAの数、Bの数、Cの数を数えて、表に書き込んでいくのだ。

そして、その単元(章)ごとのABCのそれぞれの合計数を集計して、表の下に書き込む。

 

 

 

書き込む道具には、最近よく使われるようになった、消すことができる「フリクションボールペン」が最適だ。

そして、できあがった表をコピーして残す。

これがキミにとってのスタート地点だ。

このコピーは、きっとあとで自分がどの程度まで勉強が進んだかを、満足した気分で見直す際の、キミを勇気づけるネタになる。

 

まず、この表を作ることによって、キミの弱点地点が一目瞭然になった。

 

Aが少ないところ、Cが集中しているところ、そこがキミの弱点だし、そこの箇所の攻略が、これからのキミの勉強の一番の課題になる。

何よりも、自分がそれを目に見える形で確認できるようにしたことに大きな意味がある。

 

それをいつも自分で確認し、またフリーステップの講師の先生にも見ていただいて、自分の弱点攻略の作戦図にするのである。

 

Cに分類していた問題が、5つ減ってAになったら、フリクションボールペンでCの数字を5つ減らし、Aの数字に5つ加える。

最終的な目標は、すべての問題をAにすること。

 

使用する問題集は、学校で使用した「4STEP」でも良いし、「黄色(オレンジ)チャート」でも何でも良い。

ただし、自習用に詳しい解答が付いていることが条件になる。

解答が簡単なものは、この復習法には不向きだ。

 

この方法は、弱点箇所を潰しきり、苦手分野をなくすことを目的とする勉強法なので、使う問題集にいわゆる「難問集」を選んではいけない。

 

この方法での学習をやりきれば、センター試験ならば、絶対に9割は取れるようになる。

これは保証できる。

 

実際に、模試などの成績がぐんぐん上がり、自分の学力向上の実感を得るだろう。

この勉強法は、物理や化学、生物と言った理科系の科目にも応用が利く。

ぜひ、広く薦めたい勉強法だ。

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

テキストはきれいに使うな。自分の理解の痕跡を残せ

2017年2月17日

テキストに自分の理解の程度が分かるように「印」をつけろ

 

私は、本社勤務から教室の現場に移り、現在教室チーフとして日々多くの生徒たちに直接勉強法などの指導を行っている。

 

そこで、数学を受講しようとしている高校生や受験生に次のような学習指導を口うるさく言っており、また、講師の皆さんにもそれに従うようにお願いしている。

 

具体的には、生徒のテキスト上に本人の出来具合についての「痕跡」を必ず残すように指導し、講師たちに依頼している。

 

「テキストはきれいに使うな」だ。

 

■テキストはきれいに使うな。自分の理解の痕跡を残せ。

 

痕跡を残すのはもちろん生徒本人である。

 

痕跡とは、そのテキストの各問題ごとの成果と日付である。

 

問題番号のところに、生徒が「完全にできる問題」にはA

「できると思う」程度の問題にはB

「できない、分からない」問題にはC

の印を生徒本人に必ず付けさせている。

 

これが、指導する側にとっても、指導する問題の目印にもなる。

 

そして何より、本人にとってもできる問題とできない問題の区別が明確になり、学習効果が上がるきっかけになる。

 

CがBになった、BになったがAになった、という自信が持てたら文字の上に×をつけ新しい記号を付ける。

 

テキストを「汚す」ことをためらう生徒は多い。

しかし、テキストは、ほとんどの場合1~2年もすれば、不要になるものだ。

使い切って、使い切って、ボロボロにするくらい書き込みをして使うべきだ。

 

ノートに解答を書き、それを「自分で」「答えを見て」採点して、その結果をテキストに書き込む。

簡単な計算ミスなどで、その場ですぐに解決できた問題なら、問題番号に○を付ける。

できなかった問題には×だ。計算問題なら小問が全部できたら、その大問の番号にAと記号を付けよう。

 

あと、日付を書き込むことも大切だ。自分がどのくらいのペースで勉強ができているかを知る目安になる。

 

この記号付けは、キミの指導を担当している講師の先生はもちろん、君自身にとってもできるところとできないところの見分ける印になる。

ぜひ、今日からでも実践して欲しい。

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

人に教えることは、非常に効果的な学習法だ

2017年2月10日

人に教えることは、非常に効果的な学習法だ

 

試験に合格点をとることだけが目的なら、その問題の6割も分かればよい。

難しい部分は切り捨てることも「あり」かもしれない。

 

しかし、人に説明するとなると、そんな適当なことでは通用しない。

100パーセント、あるいは、それに近い知識と理解を持っていないと、教える立場は務まらない。

生徒からどんな質問が飛びだしてくるかわからないからだ。

 

だから、人に教える立場になると、どんなのんびりした人間でも自分が試験を受ける時以上に必死なって勉強する。

そのために知識がより確実になり、理解も深いものになっていく。

 

キミたちは、英語の単語を勉強するときに、ただ単に単語を見るだけではなく、実際に鉛筆と手を使って書き、目で見、その発音を口に出して耳で聞いて、人間の五感すべてを使うとよいと、そんなアドバイスを耳にしたこともあるだろう。

 

人に教えるというのは、この作業すべてを行うことなのだ。

自分が得た知識を生徒に話すという作業で、口を使い耳で聞き、そして黒板に板書をするだから手も使う。

このように五感すべてを使って教えるので、講師自身にもしっかりと教えた内容が身に着くのである。

 

「塾の講師をするようになって、自分の受験のときよりも教えている科目がよくわかってきた」

そういうような感想は、塾の中では普通に耳にする。

教えることの効用は、そういう理屈になっているからだ。

 

ここまで読んだキミたちの中には、「オレには誰も質問しに来ないよ」と嘆く人もいるかもしれない。

確かに、数学で一目置かれていない人には、誰も質問には来てくれない。

 

だからこそ、先に書いたように、人よりもその内容について早く知り、深く知るためにも、「先行学習」が効果的なのだ。自分が周りの友達よりも、その科目についてよくできるというようになっていることが必要だ。

または、周りからそのように思ってもらうようになることも必要だ。

 

つまり、みんなから一目置かれるような存在なり、そしてみんなにその科目を教えるという立場になれば、どんどんとその科目が優秀になっていく可能性が高いということなのだ。

 

■人に教えることは、非常に効果的な学習法だ

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

難しい問題に出会ったら答を見てしまおう

2017年2月3日

難しい問題に出会ったら答を見てしまおう

 

難しい問題は、しばらく考えて分からないようであれば解説を見てしまおう。

そして、解説をしっかり覚えたら、今度は解説を見ないで、自分でその解答を完全に再現するようにするのだ。

答えや解説を見ることを「いけないこと」のように、誤解している人がいる。

 

答えを見ないで数学の問題を解くべき時期は、もちろんある。

 

しかし、「問いがあり、答えがあり、その二つをどのようにつないでいくのか」、それを学ぶことは、特にある学習テーマを学び始めた時期には、非常に重要な勉強だ。

そこを飛ばしてしまっては、自分で解法を考えるという、より高度なレベルの学習に進むことは難しい。

 

解答を再現するよい方法がある。

一人二役になって、一人の自分が、まだわかってないもう一人の自分に対して説明を加えるようなつもりで解答を書くのだ。

「なぜ、そこで補助線を引くのか」とか、「なぜ、ここでこの公式を使うのか」など、それを他人に教えてやるつもりで、ぶつぶつと口の中で説明しながら解くのだ。

 

これを仲の良いクラスメート相手にやるとより効果的だ。

ただ、なかなか、そういう理想的な相手はいないものだが。

 

キミたちの学校でも、授業中の先生の説明がよくわからないとき、授業後に数学の得意な友達に質問することがあるだろう。

その良くできる生徒だって、その問題を初めて見たときには、やはり分からなかったかもしれない。

しかし、先生の説明を聞いて納得し、それを質問に来た友達に、自分が理解した通りに再現して解説してくれているのだ。

その理屈は、ここで述べた、「解答を見て納得したら次はそれを見ないで再現する」という学習方法の理屈そのものなのだ。

 

塾や学校で講師や先生をしている人は、実は、ほとんどすべてこのパターンで、授業の予習をしている。

初見で、自分ができない問題であっても、授業で生徒に説明しなければならないことは、実は多々ある。そのとき、その講師は、解答を見て、どのようにして生徒にこの問題の説明をするかを考えるのだ。

その過程で、講師は、その問題に対する理解を非常に深めるのだ。

 

■人に教えることは、非常に効果的な学習法だ

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

数学が苦手な諸君の典型的な行動パターン

2017年1月30日

数学が苦手な諸君の典型的な行動パターン

 

数学学習の大切なポイントは、以前も述べたが「理解」だ。

 

学習テーマについて「生わかり」の状態で問題を解こうとすることを「理解」のための作業と思ってはいけない。

 

参考書の「例題」をじっくり読んで、

その例題が何を扱い、何を導き出すのかを分かった上で「類題」演習を行う。

この手順を飛ばしてはいけない。意識してその手順で演習を行う。

 

そんなこと、当たり前だと思う諸君が多いと思う。

 

しかし、私の見る限り、数学を苦手にしている諸君のほとんどが、

問題に取り組む前に、そもそも

「その問題で何を導くのか。その問題は何を求めようとするのか」

ということ自体を意識せずに問題を解こうとしている。

 

練習問題に取りかかる前に、その参考書の「例題」とその「解答」をじっくり読んで、

それらの問題の「課題は何か」「何を答えとして求めるのか」を意識しながら取り組むことがとても大切だ。

 

■その問題がそもそも何を問うているのか自体を意識して取り組む

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

数学の学習の全体像を早めに把握しておくと良い

2017年1月27日

数学の学習の全体像を早めに把握しておくと良い

 

これからしばらくは、数学の学習法について書いていこう。

前回までの英語の学習法のところで、英語の文法学習は、

もともと知っているものが、少しずつ変化していく箇所を理解していくのがポイントである

と説明した。

 

実は、数学の学習もそれに近いのである。

 

例えば、キミたちは関数について中学1年の時から学んできた。

比例・反比例、これを中学1年で学び、グラフを学んだ。

中学2年になると、一次関数を学び、3年では、原点を通る二次関数を学んだ。

高校に入学すると、原点を頂点としない一般の二次関数を、高2になると、三次関数や微分や積分などを学んできた。

これらは、大きな流れになっている。

 

 

キミたち高校生に、私のように昔の高校数学を学んだ者から感じる印象を語らせてもらおう。

最近の数学のカリキュラムを見てつくづく思うことだ。

 

キミたちが、高校1年生や2年生で習う内容の多くが、私のような古い人間にとっては、中学校で学んだ内容にあたることが非常に多いのだ。

逆に言うと、昔の中学校で教えられていた内容が、最近は高校の内容になっていると言うことなのだ。

 

だから、当時の14~15歳の中学生が理解できたことを今の高校生たちが理解できないということはない、といつも思っている。

だから私は、先へ先へと学んだ先行学習で、簡単にでも良いから数学の全体像を早めに身につけた方が、効果的な数学の学習には良いと考えている。

 

例えば、高2で学ぶ、「微分」というところが難しく感じる人もいるかもしれない。

しかし、微分は接線の傾きである。

高1で学ぶ判別式も二次関数と直線などとの交点の数を求めるものである。

そういった簡単なことを早めにざっくり理解しておくと、数学の全体像が見やすくなる。

 

多くの諸君が使っている参考書の黄色の「チャート式」にのっているような様々な例題は、その後で出てくる「それらの複合モデル」を解くための準備なのだ。

だから早めに全体像を理解して、なるべく高校の早い時期から複合的な入試問題対策に時間を割けるようになっておくのが望ましい。

 

■早めに数学の全体像を把握しておくようにしよう

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

文法を学ぶとき、簡単な言葉で良いから理由付けをして覚えよう

2017年1月23日

文法を学ぶとき、一言で良いから理由付けをして覚えよう

 

文法を学ぶときには、一言で良いから、理由付けをすることが大切だ。

例えば、仮定法を学ぶときに、なぜ現在のことを語るのに、「過去形」を使うのか疑問に思ったことはないだろうか。

 

次の2つの文章のニュアンスを比較して欲しい。

 

I love you.「愛しているよ」

I loved you.「愛していたよ」

 

過去形を使うことで、単に「過去の事実」を語っている他に、別のニュアンスを感じないだろうか。

つまり、過去形のもう一つの意味、「現在の否定」のニュアンスだ。

 

I loved you.には、「もう今は、あなたを愛していません」という意味も感じられる。

 

過去形には足が二本ある。一つは「過去の事実」の上に立ち、もう片方の足は「現在の否定」の上に立っている。

仮定法は、「現在の否定」側の表現だ。

 

現在形の I am a boy. という文からは、少年の声が聞こえそうだ。

ところが、I was a boy. という文からは、しわがれた老人の声が聞こえる気がしないか。

すくなくとも、その台詞を語った方向を見ても、「少年」の姿はどこにもない。

 

まして、If I were a bird 「もし自分が鳥なら」という表現には、I wasならぬI wereという非常に耳障りの悪い表現が使われている。これは、「現在の否定」どころか、「全くの仮定の話、作り話」を語っていると言うことを表している。

 

そんな風に考えると、「副詞節の中では未来のことを現在形で表現する」という文法事項についても理由で覚えることができる。

仮定法と同様にまだ現実には起きていない事柄については、時制をひとつ後ろに下げるという理屈が共通している。

 

このように一言の理由付けがあればすんなりと頭に入ることが多いのだ。

意識してそういう理屈を覚えよう。

これを「有意味化」という。記憶法の鉄則だ。

 

理屈を付けて覚えれば、記憶が楽になる

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦