小学生・中学生・高校生対象の学力アップ・中学受験・高校受験・大学受験志望校合格を目指す個別指導の学習塾

人生を変えてくれた先生との出会いをきっかけに教育の世界へ。

運営支援課 運営支援SV

樺井正樹先生

エリアマネージャー
趣味:旅行。都心に向かうよりも車で郊外に向かうことが主です。また、温泉めぐりもします。温泉に入っている時間がとても好きです。全国の温泉を制覇するのが目標です。

好きな言葉:『袖振り合うも多生の縁』
『知らない人とたまたま道で袖がふれあう程度のことも、前世からの深い因縁によるものであること。人と人の関係は単なる偶然によって生ずるわけではなく、すべて深い因縁によって起こるのだから、どんな出会いも大切にしなくてはいけない』と言う意味の言葉です。

 私が小中学生の頃、当時は学園ドラマが多数ありました。その中でも「3年B組 金八先生」という学園ドラマが人気で、私も毎回欠かさず観ていました。有名な内容として『腐ったみかんの法則』がありました。これは「みかん箱の中で、一つのみかんが腐ることで周りのみかんをどんどん腐らせていく」という様子をクラスの生徒に例えたことです。ドラマの結論としては「人とみかんは別で、腐った人間はいない」ということでまとめられていました。金八先生は生徒達と真正面に向かい、生徒達はいろいろと人生や、自分と他人との関わりを考えさせられ成長していくというのが印象的でした。あくまでドラマ上の話ではありますが、これほど人の人生に関与できる仕事は他にないと思いました。  その影響もあり、学校の先生になることを決め、そのために大学に行く、そのために高校に行くという確固たる目標が出来ました。  私は学校の先生が大好きだったと思います。一生懸命私たちに向き合ってくれる先生を尊敬している自分がいたのでしょう。休み時間は 勉強の質問というよりも、先生のプライベートやいろんなことを知りたいという思いで、たくさんの先生と話をしたことも覚えています。何人かの先生の自宅にお邪魔したりしました。また授業中は、先生の言い間違いを突っ込んだり、先生の癖をまねしたりしていたので、今考えると、先生方からすると迷惑な生徒だったと反省しています。

 今までたくさんの先生に巡りあい、全ての先生を紹介したいのですが、その中で特に私の人生を変えてくれた先生のお一人は小学3年生の時の担任の先生です。活発な女性の先生でした。それまで私は多分クラスであまり目立たない生徒でした。そのような中、ある日の学活でクラス委員長を決めることとなりました。そこで、その担任の先生が、「樺井くん、やってみないか」と言われました。私は拒否する理由もなかったので、言われるがまま了承しました。そして立候補者は確か他に2、3名しかいなかったと思うのですが、多数決の結果私が選ばれました。その日のうちに、先生は私の母親に連絡してくれており、家に帰ると母親にすごいねと褒められたことを覚えています。先生は「樺井くんは人の面倒見が良く、それがクラスのみんなから信頼されている」と言われていたとのことです。この事で自信がつき、このあと、合唱コンクールでは指揮者をしたり、5歳年下の妹の入学式では、小学6年生代表としてスピーチしたりと少しずつ人前に出ることができるようになったと思います。本当に当時の担任の先生のおかげで自分を変えるきっかけを作れたことに感謝していますし、本当に先生は一人ひとりを見られていたのだと思います。

 大学に入り、フリーステップとは異なる塾ではありますが、塾講師のアルバイトを始めました。当時の私は今ほど経験もなかったですが、自分なりに一生懸命考えて勤務していました。そのような中、阪神淡路大震災がありました。兵庫県灘区の教室に勤務しており、教室はそれほど大きな被害はありませんでしたが、生徒はほぼ避難所生活になっており、教室には通えない状況でした。そこで教室長と相談して可能な限り避難所や避難先に生徒に会いに行き、可能な限りそこで学習フォローをしようということになりました。電車も全線開通されていない状況でしたので、実際行けたのは数回でした。決して十分なフォローではなかったと思います。しかし、生徒や保護者の方々には本当に喜んでいただきました。微力ながらも自分でできることをして、それに対し感謝していただいたことは、本当に自分にとっても良い経験ができたと思います。  私は『目の前にいる生徒をよく見ること、そして自分がその生徒のためにできることは何か、伝えてあげなければならないことは何かを常に考えること』を意識しています。このことは後輩社員や講師たちにも日頃から伝えています。 新人講師はできることや伝えられることは少ないかもしれません。ただ、「考えること」は、新人、ベテランを問わずできることです。そしてそのことにより、子どもたちの人生に少しでも手助け、アドバイスができればと思います。そしてその次には後輩社員や講師たちの成長につながればと思っています。  そしてその最後として、先生みたいになりたいと少しでも思ってもらえるようになれれば、これ以上うれしいことはありません。  今まで私が担当していた生徒が、講師となって勤務してくれること、また自教室の講師が社員になって勤務してくれること、これが私の喜びです。ただ、生徒から講師を経て、社会人として私と一緒に仕事をしてくれているスタッフがまだいません。今後出てきてくれることを目標として、これからも子どもたちと真正面に向き合いたいと思います。

※本文中の赴任教室名・部署名は原稿当時のものです。現在とは異なる場合があります。

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