開成教育グループ

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塾生保護者の子育てエッセイ 子育て百景

選考委員特別賞

家族をもって

やっこちゃん様

僕は、父親が嫌いだった。

父と母と姉との4人暮らし団地の3階に住んでいた。3つ上の姉は外傷性のてんかんがあり急に発作が起こったり目が離せない状態であった。小学生の頃から父は僕に対し色々とうるさかった。仕事から帰ってくると「宿題したんか!」といつも怒鳴られた。「したよ」と答えると、「勉強さえしっかりしてたら何も言わへんから」そんな日が続いたと思ったら「早く寝ろ!」「ご飯残すな!」「早く風呂に入れ!」次々に言われる。早く寝たら、「早く起きろ!」遅くなると「早く帰ってこい!」1つのことをすればまた1つのことを言われる。勉強さえやったら何にも言わんと言ってたやんか!僕は父親のロボットじゃない!

いつしか僕は父を避けるようになった。家族団らんが嫌いで父親が帰ってくる前に台所で立ちながら夕食を済ませすぐ自分の部屋に閉じこもるようになった。父は頻繁にお酒に酔っては、母を怒鳴り散らし、気に入らないことがあったら物にあたったりしていた。「人には偉そうに言って大人ってほんま勝手やなあ!」

そんな「家族」が嫌いだった。早く家を出たい!就職を機に寮に入り1人暮らしをするようになった。成人になった僕は実家に寄りつかなくなった。たまに母から連絡があり父や姉の近況を報告してくれる程度で、姉や老いておく両親を気にも止めなかった。やがて、父は定年退職し自宅で過ごすことが多くなった。昔の威勢は影を潜め毎日2杯程度の焼酎を晩酌するのが唯一の楽しみのようだった。月日は流れ僕は結婚し、2人の子に恵まれ自分の「家族」を持つようになった。孫を連れ実家に行くと父は喜び大変かわいがってくれた。そんな父は5年前病に倒れた。約1ヶ月意識不明の状態が続き夏の終わりにこの世を去った。「肝臓の病気」いわゆるお酒の飲み過ぎである。父が死んでしばらくぽっかり心に穴が開いた感じが続いた。亡くなった寂しさではなくて親孝行ができなかった、そんな後悔だけが残った。正直父との楽しい思い出は遙か遠く忘れてしまっていたけれど、大好きなお酒を一緒に飲み交わしたこともなかったし、「ありがとう」と直接感謝の気持ちも伝えることはできなかった。後悔だけが残る。そんな感じだった。

自分自身に家族ができて、現在母は、病気の姉と2人で生活している。僕は高校卒業から約20年「介護」の仕事をしているが、もしかしたらそんな「姉の姿」、「家族の姿」が自然にこの道を選んだのかも知れない。

「早く風呂に入りなさい!」「早く寝なさい!」昔父から言われていたことを、今僕は子どもたちに毎日怒鳴っている。「父親も、こんな気持ちで子どもに言っていたのかなあ」親が子を思う気持ち、愛する気持ちは時代が変わっても、変わることなく受け継がれていく。初めて父親のそんな思いがわかったような気がした。これからも僕は、そんな気持ちを子どもたちに伝えていこうと思う。本当の父親の思いを。

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