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開成教育グループ

合格おめでとう!

合格校
大阪医科薬科大学(薬 薬-6年制)
出身校
上宮高校
出身教室
ハイグレード個別指導ソフィア 上本町教室
代ゼミサテライン予備校 上本町教室

 僕の高校一年生の時の定期テストの結果は全教科平均くらいの点でした。それも上宮高校のプレップコース、いわゆる一番下のコースでした。しかし高校二年生になると欠点ぎりぎりの点を多く取ってしまうようになりました。
 言い訳になりますが、ソフトテニス部に入っていて、練習がいつも8時まであり、帰ってくるのが10時頃でした。風呂も入りご飯も食べ終わるのが12時くらいです。OFFの日はテスト前休み以外は年に10回あるかないかくらいでした。もちろん受験勉強なんて考えたこともなかったです。
 受験について意識したのは高校二年生の時のちょうど一個上の先輩が共通テストが終わった時です。一年後には自分も受験生だと思うと一気に危機感が出てきて、テニス部の先輩方や友達にあらゆる塾の特徴や雰囲気、どのように学習するかを教えてもらいました。しかし、練習が8時頃まであるので、学校から近い方がいいと考え、上宮高校から歩いて十分までの圏内の塾、五・六箇所見させてもらい、ソフィア・サテライン上本町教室に決めました。
 四月に全国選抜大会があり、日本一を目指していたので練習もハードで授業に遅れることは山ほどありました。塾から帰るのはいつも十一時過ぎで夜中一時から三時まで勉強して寝るのが日課になっていました。そのせいで学校では七割寝てました。たまに朝礼中に寝て起きたら昼休みということもありました。そんな生活を続けていく中、新型コロナウイルスが流行し、出場が決まっていた全国選抜大会が中止となりました。ショックで三日は勉強が出来なかったです。そして緊急事態宣言が出て、部活が出来ず、ずっと家にいました。リモート面接があったおかげで毎日勉強を進めることができましたが、それがなかったら一斉勉強してなかったと思います。大体一日十時間ほどしていたのですが、その八割は英語に費やしてました。入塾した頃はシス単一から五十までも五個くらいしか分からなかったのですが一日五十個覚えろとフェローに言われ、それも間に合わない時もありましたが、こなしてました。そして高校三年生の六月の模試英語の偏差値三しか上がらず、二月に偏差値38で六月は41でした。そのまま九月になっても上がらなかったです。もともとスポーツ推薦を狙っていたのですが全ての全国大会がなくなり、もちろん書類審査で不合格。しかしそのお陰で公募を受けれるようになり、滑り止め、標準校、志望校を受けました。
 高校三年生の九月でも滑り止め校はD判定で残り二つはE判定でした。赤本をやっても滑り止め校ですら合格最低点いくかいかないか。志望校は二回目解いても最低点いかず。そして受験終わり、滑り止め合格、標準校は数学で200点中145点取れて合格、志望校もまさかの合格で僕の大学受験は終わりました。

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大阪医科薬科大学の合格体験記

  • 大阪医科薬科大学(薬 薬-6年制)合格
  • 大阪医科薬科大学(看護 看護)合格
  • 大阪医科薬科大学(薬 薬-6年制 )合格