恥ずかしがらずに、フリーステップの講師に自分の苦手箇所を伝えよう

2017年4月28日 金曜日

講師に自分の苦手箇所を知ってもらおう

 

数学の勉強で、ノートを広々と使い字を大きく書く。

それだけでも計算間違いは大きく減るし、数学の得点力は大きくアップする。

 

なのに、どうしてもノートの文字を小さく書く生徒が多い。

 

また、宿題での自己採点、ノートへの丸つけをするように言っても○はともかく、×をつけることを嫌がる生徒がいる。

 

間違った問題や正解した問題を問題集の上に×印や○印を付けて、自分の勉強した痕跡を問題集の上に残すように言っても、×の印を付けることを避けてそのテキストをきれいなままで残しておこうとする生徒も多い。

 

それは、間違いを他人から、先生や親から、見られることに対する恐れであるような気がする。

 

間違った部分を消さずに赤ペンで訂正して残し、それを踏まえて次は間違えないようにする。

また、復習は間違った問題を中心に行う。

それは勉強の方の基本であるという風に思うのだが、そうしない生徒が多い。

 

自信がない子だから、それをするというわけではない。

 

どうやら、それを見る人から、自分にマイナスの評価を付けられることを恐れているように感じるのだ。

 

学校の先生なら、確かに教える立場と評価する立場の二面性がある。

できない生徒だと思われたくない気持ちはよく分かる。

 

しかし、われわれ塾の講師というものは、生徒を「評価する」のが仕事ではなく、生徒の弱点を「一緒に克服する」のが仕事なのだ。

 

ぜひ、自分の分からない箇所や苦手な箇所を、講師に見せる、知られることを恐れないで欲しい。

 

フリーステップの講師は、一種の医者のようなものだ。

どの部分が分からないのかは、体のどこが痛いのかと言うことと同じである。

痛い箇所、辛い箇所を教えてもらわなければ、その箇所への効果的な治療はできない。

 

恥ずかしがらずに、フリーステップの講師に自分の苦手なところを「さらして」いこう。

どこが苦手なのか、どこから理解が不十分なのかを恥ずかしがらずに、講師に伝えよう。

 

それが、個別指導を最大限に活用する第一歩なのだ。

 

講師と一緒に君の課題を片付けていこう。

講師は、キミの味方なのだから。

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

高校が言う「塾に通わなくても大丈夫です」の台詞は本当か?!

2016年11月4日 金曜日

 高校が言う「塾に通わなくても大丈夫です」の台詞は本当か

 

保護者面談をしていると、よく耳にする言葉がある。

また、高校の教師、特に私立高校の先生方と話をしているときによく聞く言葉がある。

 

いわく、「この学校の授業でやっていることをきちんとやれば、塾に通う必要はない」という台詞、あるいは、それと似た表現だ。

 

つまり、この学校に任せておけば、それに加えて塾に行く必要はないというのである。

 

この言葉をそのまま鵜呑みにして、塾に通わず、通わせず、その結果、成績不良の状態が続き、学習状況をさらに悪化させている生徒がいる。

 

ならば、「塾に通わなくてもよい」という台詞は間違っているのだろうか。

 

教師の台詞には間違いはない。

 

正確に言うと、半分正しい。

 

その教師や学校は、こう言っているのだ。

つまり、「我々が提供するものをきちんとすべてマスターすれば、他からそれに加えて別の新しい学習情報を入れる必要はないですよ」ということである。

 

例えば、「難関大学に進むために必要なものはすべて授業の中で提供する」とそう言っているのだ。

「学校で使っている教材は、難関大学受験用として必要十分なものであり、それにさらに加えて別の教材をする必要がない」「受験のために必要な受験指導は十分に授業で提供をしている」と、そう言っているのだ。

 

この台詞には、大きな但し書きが付いていると解さねばならない。

 

つまり、提供するものは十分だが、それを提供された側が提供されたものを十分にマスターしているか、身につけているかどうかということは別だということである。

 

与えられていることは十分かもしれないが、しかしそれを理解し身につけているかどうかは、生徒一人ひとりの責任に委ねられている。

 

「塾に通わなくても良い」という台詞は、そういうような前提で言われていることと認識すべきなのである。

 

そういう台詞で紹介されている学校の生徒の多くが、自分の力では消化しきれない理解が不十分な箇所を開成教育グループに通塾して習得しているのもまた事実なのである。

 

■たとえ学校が提供するものは十分であっても、それを提供された側がそれを十分にマスターしているか、身につけているかどうかは別問題

 

フリーステップ香里園駅前教室 チーフ 松本克彦

問題集のレベルに注意!

2016年7月4日 月曜日

問題集のレベルに注意しよう

 

問題集のレベルには注意しよう。

これは、予備校や塾、通信添削を選ぶときにも、同じ問題が生じる。

次の図を見てもらおう。

 

70%~60%理解できる問題集(塾などの授業)の問題  

160704img02

 

20%程度理解できる問題集(塾などの授業)の問題  

160704img01

 

「この2つのうち、わざわざお金を払ってでも受けたい授業はどちらか?」

 

今までの経験では、そういう風な聞き方をすると圧倒的多数の生徒が、難しい方の授業を希望する。

 

しかし、私の意見では、それは間違いだと思っている。

 

内容のうち、最低でも6割くらいは自力で理解できる問題集や授業でなければ、難しくて身につけるのに大変な労力が必要となる。

 

70%~60%理解できる問題集や予備校の授業は、

「分かっているものの中に分からない箇所がある」状態だ。

 

しかし、20%程度理解できる問題集・予備校の授業 というのは、

「分からないものの中に分かっている箇所がある」程度のなさけない状態なのだ。

 

参考書や問題集でも同じだ。

本屋に行き、参考書でも問題集でも、真ん中あたりを開いて そこの内容が、半分くらいは理解できる参考書、あるいは解答を読んで納得できそうな問題集を選ぶことが、何より大切だ。

 

以前、パソコンについてほとんど知識のない、中年の男性にあるソフトの使用法について教えたことがある。その人は、パソコンの簡単なことすら分からないから、ちょっとした説明も大変難しく聞こえるらしい。ところが、パソコンの操作を少し知っている、中学生に同じソフトの使用法を説明したことがある。そうするとその中学生は、私が説明した内容がすんなりと頭に入ったようなのだ。

 

何が言いたいのか理解してもらえるだろうか。

つまり、わからないことだらけの中で、たまたま少し知っていることがあるという状況は、決して物事を理解するには、良い状況ではないということだ。

 

逆に、わかっているものの中にある、わからないことは、比較的簡単に理解することができるのだ。

 

だから、問題集であれ、塾や予備校の授業であれ、自分が「6割程度はわかる」というもので勉強をすべきなのだ。

わかることの中に挟まっているわからないことは、理解しやすい。

これに対してわからないことに挟まれている、わからないことは、全くわからないことが普通なのだ。

 

英語でも一つのセンテンスの中に知らない単語がいくつもあれば、実際、読むことはできない。

問題集などを選択する際の鉄則であると知っておこう。

 

■わかることの中にあるわからないことは、理解しやすい。

 わからないことの中のわからないことは、全くわからないことが普通。

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ  松本克彦

参考書・問題集の選び方 その3

2016年7月1日 金曜日

次は、一般の問題集だ。

問題集選択について薄い問題集を1冊最後まで仕上げるのがよい、というアドバイスをよく耳にするが、これは、一通り学んだにもかかわらず、苦手になった科目や、受験勉強を始めた時期に、総復習をしたい場合に効果的な方法であることに注意しよう。薄い問題集は、学校の授業を聞きながら理解定着のために用いるには、あまり適さないことを知っておこう。

 

最近は、よい参考書や問題集が多く出版されている。

英文法であれば、『山口英文法講義の実況中継 (上)・(下)』がおすすめの参考書だ。

『フォレスト』あたりの参考書で英文法をある程度把握できたら、大学受験用の文法学習として、『山口英文法』を推薦したい。学校で使用している英文法書で身につけた公式的知識をどのように受験の実態に即して使える知識とするかを学ぶ最適な英文法の参考書だ。

問題数は非常に少ないが、「比較」や「否定」の部分など実にわかりやすい解説が加えられており、受験英文法の感覚が体得できる。

また、解説が詳しい問題集で、科目の全範囲が網羅されている参考書こそ、多くの受験生にとって日々の学習の中心になろう。例えば『チャート式数学』などがそれにあたる。

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ  松本克彦

参考書・問題集の選び方 その2

2016年6月27日 月曜日

数学の教科書傍用問題集について

 

数学の教科書傍用問題集は、使い方でその効果は左右される。

なぜならば、一般に教科書傍用問題集は、解答が簡潔で、数学の場合など答の値しか書いていないようなものが多いからだ。授業をする先生にとっては、途中の式や考え方が省略されているので、授業に利用するには好都合かもしれないが、それを使って自習するには大変使いづらい。

学校の授業で使うことが前提となっているのだから、授業でどのように活用されるかがポイントだ。

先生が授業中にそれぞれの問題に解説を加え、正しい解答を教えてくれるようなら良いが、生徒の自習にのみ使われる場合は要注意だ。

定期テストにテスト範囲として指定されるなら無視はできないところが辛いところだが、受験勉強一般や授業を離れての使用にはおすすめできない。

学校によっては、別冊になっている詳しい解答冊子を配っているところもあるようだが、もしもキミの高校がそういう配慮をしてくれていないなら、数学の教科書傍用問題集は、基本的には、自学には向かない種類の問題集であると認識しよう。

 

■解答が簡単な数学の教科書傍用問題集は自習には不向き

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ  松本克彦

参考書・問題集の選び方 その1

2016年6月24日 金曜日

使うのはいつか、目的は何かで、問題集の選び方は異なる

 

書店に行けば、いろいろな参考書や問題集が売られている。

どれを使えば良いのか、迷っている諸君も多いだろう。

 

参考書や問題集の選び方だが、いつの時期の勉強のものか、目的が何かで異なってくる。

 

まず、学校の授業進度にあわせて、自分の知識の定着を図るときの問題集だ。

それは、なるべく例題が多く、その科目に関しては初学者なのだから、比較的やさしい問題集が良いだろう。

数学であれば、「黄色チャート」や「ニューアクション」などがおすすめだ。

英文法や日本史、世界史、化学、生物などの科目は、1冊だけ問題集を使うのではなく、数冊問題集を用意して、授業の進度とともに、習った範囲をどんどん解いていけばよい。

そこで注意すべきなのは、入試用の問題集をその段階で用いると、キミたちにとってあとで習う予定の知識も、既に習っている前提で作られていることが多いので、解けない問題が多いことだ。結果として問題が難しく感じられ、その問題集で勉強を続けることが嫌になる。

 

例えば、英文法などは、分厚い目の参考書を数冊用意し、その章末問題や練習問題の部分を問題集として解くようにすればよいだろう。参考書の章末問題は、比較的易しくて、それぞれの問題が問うているテーマが明快なものが多いからだ。1冊分の章末問題を解けば、他の参考書の章末問題でも、どれも繰り返し似た問題が出されていることに気づくだろうし、重要な箇所もわかる。しかも、解くスピードもアップするだろうから、どんどん解いていくことができる。

 

■英文法の参考書の章末問題は素直な問題が多い

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦