理解できるものは、必ず「定着」させることができる

2015年12月18日 金曜日

理解できるものは、必ず「定着」させることができる

 

全ての勉強は、「理解」と「定着」でセットである、と書いた。

勉強を教える、私たちの側からこの原則を見るとしよう。

 

「理解」できるかどうかは、その生徒のその時点での「学力」に左右される。

生徒が、「理解」することができない学習内容というものは当然に、常にある。

そんなことは、当たり前だ。

 

しかし、「理解」をその生徒ができるのであれば、「定着」させることはできる。

「定着」のための演習問題などを数多くすれば、確実に学力はついていく。

 

■理解できるものは、必ず「定着」させることができる

 

しかし、何から何まで、私たち塾側が、「定着」のお手伝いをし続けるわけにはいかない。

 

私は、生徒がキチンと習ったことの「定着」ができるかどうかは、その人の学力と言うよりも、性格や習慣が左右することが多いと思っている。

コツコツまじめ型の生徒が、成果をあげることは納得だろう。

 

キミたちが苦手な科目を学ぶときに、どの段階でつまづいているのだろうか。

そもそも、理解ができないのだろうか。

それとも理解はできるが、定着作業を怠っているので身につかないのか。

その辺を意識してみよう。

 

おおざっぱに言って、数学が苦手な諸君は、「理解」する作業に力を入れていない。

あるいは、「理解」と言うことの意味を勘違いしている。

英語が苦手な人は、「定着」作業を怠っている。

 

数学が苦手な人は、「理解」する作業に力を入れていない。英語が苦手な人は、「定着」作業を怠っている。

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

 

受験生になるには、受験生らしくふるまえ

2015年12月18日 金曜日

受験生になるということは、キミ自身が受験生に変わることだ

 

受験勉強を始めて、成績を上げるために、まずやらなければいけないことは、キミ自身が変わることだ。

難しい言葉で言うとキミの受験当日までの「生活の有様」、つまり「生きざま」を変えることなのだ。

 

朝早く起きる、夜も勉強する、休みの日の昼間にテレビを見ることをやめること、

そんなことから自分を変えることは始まる。

 

そういった変化は、必ずオーラとなってキミの前の人間に見えるようになる。

 

「受験勉強を始めて、毎日頑張っているようだ。」

 

そういうような言葉が、キミの周りの人間から出るようになるだろう。

 

そういう言葉が周りから出ないようであれば、

キミの変化への気持、受験への気持ちは、まだまだ小さいと思う。

 

■受験生になるには、受験生らしくふるまえ

 

もちろん形だけ受験生の気分になっても、それだけでは学力がつくわけでもなんでもない。

 

しかし、受験生という「形」に、キミが変化した、あるいは変化しようとしている姿勢を

自分に対して、そして周りにも見える形で見せることは大切なことだ。

 

キミたちが、今、高校2年生であれば、

高校3年生になったらクラスの雰囲気が一変することを知るだろう。

 

高校3年生の6月ごろともなれば、教室の雰囲気は受験一色になって、

一生懸命勉強している人たちのオーラが教室を包むようになる。

 

それは一人一人の受験や勉強に対する態度、つまり一人一人の様子が変わったからなのだ。

 

キミも一刻も早く変わるようになろう。

 

変わらなければ、つまり受験生とならなければ、

キミは受験を成功させることはできない。

 

なぜならば、大学受験は受験生同志が競い合うものだからだ。

受験生になっていない人が受験で成功することはできない。

 

この受験という機会に自分を厳しい状況において鍛えよう。

 

■大学受験は受験生同志が競い合うものだから、受験生になっていない人が受験で成功はできない

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

 

「理解」はインプット、「定着」はセーブ、「答案作成」はアウトプット

2015年12月18日 金曜日

「理解」はインプット、「定着」はセーブ、「答案作成」はアウトプット

 

これはちょうど、レコーダーに音楽や映像を録画するのに似ている。

「理解」はインプット(入力)に、「定着」はセーブ(保存)に、そして「答案作成」はアウトプット(出力)に対比できるだろう。

受験会場で正しく「答案作成(アウトプット)」できるためには、正しく「理解(インプット)」し、頭の中に理解したものを「定着(セーブ)」しておかなければならない。

「理解」もできていないことを頭の中に「定着」させることはできないし、「定着」していないことを試験会場で「答案作成(アウトプット)」できるはずがないのである。

 

■「理解」できないことを「定着」できないし、「定着」していないことは「答案作成」できない。

 

受験勉強の中身はこの3つに分類されるし、それ以外の勉強はない。

自分が今やっている勉強が、この3つの作業のどれにあたるかを常に意識しておこう。

この3つに関わらない作業は、あえて言おう。

 

「受験勉強」ではない。

 

学校の授業ノートを家で「清書」する人がいる。英語や古文の予習と称して、本文をノートに書き写す人がいる。それにかかった時間はけっして「受験勉強」ではない。

自分のやっていることが、「理解」「定着」「答案作成」のどれをしているのか、常に意識すべきだ。この3つ以外は、いわゆる「勉強」ではない、場合によっては時間の無駄だとここで確認しておこう。

 

■「理解」「定着」「答案作成」に関わらない作業は、いわゆる「勉強」ではない。

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

 

受験生になる第一歩は勉強に「時間」をかけることだ

2015年12月18日 金曜日

受験生になるための第一歩は

 

まずは、毎日の勉強にかける時間を増やすことから始めよう。

 

時間の有効活用やさまざまな心がけや受験技術について、この連載では書いていこうと思う。

しかし、その前に、キミたちがまず受験生になるための必要条件は、毎日どれだけの時間を受験勉強にかけることができているかということだ。

それが、受験生にキミがなれるかどうかの第一の境目である。

 

■受験生になるための第一歩は勉強に「時間」をかけることだ

 

高3になる前の3月ごろに、生徒を集めて講演をする。

「この春の休みの間は、最低でも毎日10時間は勉強するように」と話をする。

勉強しているときには、音楽などは聴いてはいけないし、

身の回りから気が散る漫画本などは、片付けなければならないとも付け加える。

 

そのときに、話をする相手にもよるが、

「えっ、そんなに長時間」という顔をする生徒がいる。

勉強をすると決めた時間の間には漫画本は禁止というと、

「息抜きぐらい良いのではないか」という感想を持つ生徒や、時には教師もいる。

 

キミは、受験生になるのだ。

勘違いしてはいけない。

 

休みの日くらい、10時間は勉強をしなければ受験生ではない。

 

今日でこそ大学進学率が上がったので、高校を卒業したら大学で4年間を過ごすのが当たり前になった。

しかし、キミたちの親の時代には、大学進学率は4割程度で、

半数以上の高卒生は、そのまま社会人として、仕事に就いたのだ。

 

キミたちに当てはめると、仕事は受験勉強と同じだ。

 

社会人にとって仕事の勤務時間は、どこでも8時間以上だ。

途中の食事や通勤時間、さらに残業なども加えると、

毎日の拘束時間は10時間以上になるのが当たり前だ。

 

勤務時間の間に、音楽を聴いたり、漫画本を読むことを

「息抜きだ」という理由で認めているような会社は、

およそこの世に存在しないと断言できる。

 

休みの日に自宅の勉強部屋や塾や学校の自習室で、10時間程度勉強することなど、

社会人になってからの仕事と比較すると、何と言うことはない、日常そのままの姿だ。

 

■ある程度の時間をかけることを自分の習慣にする

 

まずはある程度の時間、勉強をすることに慣れて欲しい。

受験勉強するということを毎日の生活の習慣にするのだ。

 

習慣というのは、いったん身につくと、

その行動を取ることに特別な意志やエネルギーは必要なくなる。

 

キミたちも、朝起きて、歯を磨くのに特別な意識はしていないだろう。

 

朝、学校に出かける前の時間で30分勉強する、

授業が終わって教室を一番早く出て塾や予備校に一番に来る、

そして自分の決まった勉強場所に向かうなど、習慣はいろいろある。

 

高校の時に担任が私に言った言葉がある。

「まずは、毎日、勉強する習慣を身につけることだ。

その習慣が身ににつけばあとは楽だ。

逆に、こちらがキミに勉強をやめろと言っても、

キミは習慣になっているからという理由で、勉強をやめないだろう」と。

 

その意味で、悪い習慣が身に着くと大変だ。

 

家に帰るとまず、テレビゲームのスイッチを入れる、

パソコンを立ち上げてネットサーフィンを楽しむなど、

悪い行いも続けると簡単に習慣になってしまう。

 

その意味で、習慣は「もろ刃の刃(やいば)」と考えてよい。

 

早めに良い習慣、キミの場合は受験勉強の習慣を身につけよう。

 

■早めに受験勉強の習慣を身につけよう

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

 

キミは受験生になっているか?

2015年12月18日 金曜日

受験生になって、トライするのが「受験」だ

 

我々、フリーステップの仕事は、キミたちを「変える」ことだ。

実は、それは塾に限らず、教育全般の本質のひとつだ。

これをキミたちの側からすると、自分を変えることができるか、変わることができるかということだ。

 

人間を外の力で変えることは、大変難しい。その人間が、自ら変わろうとしなければ変えられるものじゃない。

でもキミたちは、今までに変わってきたし、状況に合わせて自ら自分を変えてきた。

例えそれが無意識にであれ、幼稚園に入園したとき、家族の元を離れて園での集団生活にあわせて自分を変えた。

中学に入ると、科目ごとに教師が変わる中学の授業や、先輩後輩の区別が厳しい部活生活にあわせて自分を変化させてきた。

 

今度は、大学受験を前にして、キミたちは、タダの「高校生」から「受験生」へと自分を変えていかねばならない。

 

ある一定の時期が来たから、受験生というわけではない。高校3年生になったから自動的に受験生になれるというわけでもない。

受験生の形や姿に自分を変えるから「受験生」になるのだ。

 

■受験生の形や姿に自分を変えるときから、キミは「受験生」になる

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

 

受験生になれば、キミの変化に周りは気がつく

2015年12月18日 金曜日

受験生になれば、キミの変化に周りは気がつく

 

「しきい値」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

 

ある変化を積み重ねて、本質的な変化が生じる最低の値のことだ。

 

水は、5度や2度まで温度を下げても水のままだ。

ところが0度を超えると氷になる。

0度を超えなければ、氷になるという大きな変化を作ることができない。

 

まずキミたちは、受験生になろうとするならば、

キミたち自身が「受験生」に変わろうと意識して、

自ら変わらなければならないのだ。

 

例えば、単語のテストにまじめに取り組むようになる

毎日の家での勉強時間が増やす。

通学の電車や学校の休み時間にも、単語の暗記や歴史用語の勉強をする。

テレビを見る時間を減らす。

ゲームの本体を押し入れにしまい込む。

 

自分が変わる、あるいは変わろうとすれば、

必ず周りの人間は、キミの変化に気がつくはずだ。

 

世の中には受験生というのは、こういうものだ、というような一種の共通イメージがある。

 

たとえば、時間を惜しむようになるとか、朝早く起きるようになるとか、

あるいは夕食後テレビや無駄話を避けて自分の部屋に入って勉強するようになるとか、

生活スタイルの変化など、作り上げられてきたイメージがある。

 

自分自身を受験生として律することはつらいものである。

そのつらさに向かい合い、自分をそのイメージ通りに変化させることが大切なのだ。

 

自分では気づかないかもしれないが、受験勉強を真剣に頑張るときっとキミの顔つきは変わってくる。

真剣に物事に向かい合っている人間特有の「いい顔」になってくる。

 

人間というのは、変化をしたら、同時に「顔つき」も変わってくるものだ。

不良になったヤツは、顔つきも眼つきも変わってくる。

受験生の場合だって同じだ。

 

「受験生」の顔になってくる。

 

■キミの変化に周りは必ず気づく

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

 

連載を始めるにあたって キミの可能性を広げるのは、キミの意思だ

2015年12月18日 金曜日

連載を始めるにあたって

 

これから、受験勉強の仕方について連載を始めようと思う。

たとえ進学校に通っていても、先生からの科目ごとのアドバイスはあっても、なかなか受験勉強全体についてのアドバイスを得る機会は少ないものだ。

私は、今まで数多くの受験生を間近に見てきた。彼らを見てきた経験を元に、多くの新しい受験生たちにアドバイスをしてきた。それをまとめてみようと思う。

主に、大学受験生をイメージして書こうと思っているが、高校受験生にとっても大いに役に立つと思う。一つでも、勉強のヒントをこの連載から得て欲しいと思っている。

 

キミの可能性を広げるのは、キミの意思だ

 

 

若いキミたちにはあらゆる可能性があるという。

半分真実であるが、半分それは間違いだ。

なぜならばキミの可能性は、キミの意志によって作られるし左右されるからだ。

意志というのは、日々の言葉に置き換えると「やる気」ということだ。

もっと根っこの部分で言うと、なぜ勉強するのかということへの、キミの「思い」や「志」のことだと言ってもいい。

 

キミが持っている意志以上の結果は、100%実現することはない。

キミの可能性は、キミの持つ意志の範囲内でしかありえないのだ。

 

「○○をしよう」という意志があって始めて、○○ということが実現できる可能性が生まれる。

よく言われる例えだが、サンダル履きで富士山の麓を歩いているうちに、頂上に着いたなどという人はどこにもいない。

山頂を極めるには山頂に登ろうという意志が必ず必要なのだ。

まず、このことを確認しておこう。

 

■キミの可能性は、キミの持てる意志の範囲内でしかありえない

 

 

それでは、その前提としてキミの意志、違うことばでは「志」をどう作るのか。

実は、それには答えはない。

部活の大会で優勝したいという気持ち。

その志を作る理由の答えがないことと同じだ。

それを、「プライド」という人もいるが。

 

いずれにせよキミは、自分の「志」を自分自身の責任で作らなければならない。

「志」を自由に作ることができる時期、それが、「青春」と言う時期なのだ。

 

■どんな「志」を作るか。それはキミ自身の責任だ

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

 

「理解」がポイントの科目と「定着」がポイントの科目

2015年12月18日 金曜日

「理解」がポイントの科目と「定着」がポイントの科目

 

以前、私にある偉い先生が、「モノを読んだ量がキミの知力の上限を定め、モノを書いた量がキミの知力の下限を決める」ということを教えてくれた。

 

今なら、その先生の言いたかったことがよく分かる。

 

つまり、読んだり聞いたりしたことは「理解」であり、理解したことを「定着」させるためには、手を動かして書いたり、口に出したりしなければならないということだったのだ。

それが出来てはじめて、「定着」したと言える。

 

試験は、答案に理解したことを書かなければならないから、この例えはよく分かる。

 

勉強の基本は、「理解」と「定着」の2つだと書いた。

しかし、キミたちの日々の学習を見ていると、片方のみの学習に偏っている例が多く見られる。

 

■「理解」抜きの「定着」、「定着作業」抜きの「定着」はない

 

数学の勉強の中心は「理解」したことの「定着」だ

 

「理解」のための学習をおろそかにして、

いきなり「定着」の学習に入りがちな科目の典型は、数学だ。

暗記科目と言われる、「日本史」や「生物」の学習のときに、扱っている内容の理解なしに、問題など解けるはずもない。

それは常識だ。知らなければ解きようがないからだ。

 

しかし、数学は内容の理解や暗記をしないままで各種の問題演習をしようとする人が、あまりにも多い。

それでは、問題など解けるはずもない。

ちゃんと「理解」もせずに、いきなり学校で与えられた問題集の演習問題を解こうとする。

しかも、その問題集の解答は、解法は省略され答の「値」しか書かれていないことが多い。

こんなことをしていて数学ができるようにならないのは当たり前だ。

 

数学には多くのテーマがある。

テキストに提示されている問題にはどれも、その問題を通して教えたいテーマがある。

それをまず理解する。

そしてその定着のために練習問題を解く。

数学を苦手にしている人の多くは、この手順を正しく踏んでいない。

 

■数学は「解法の暗記」だという真の意味を知ろう

 

参考書を読み、解法や解答を読み、そこに至る流れを理解してから、定着のための演習を行う、

というのが、最も合理的な数学の学習法だ。

このことを、勉強法を扱った多くの本が、「数学は解法を暗記しろ」というように表現している。

有名な受験評論家の和田秀樹氏が、このことをずいぶん以前に、おそらく始めて大胆にも発言された。

まさに正論だと思う。

私の言っていることと同じことを和田氏をはじめ、数学学習での暗記の重要性を強調して人たちが言っていると解して欲しい。

 

暗記という言葉にポイントがあるのではなくて、様々な解法の理解をまず最初にしなさいということを、和田氏のような著名な受験評論家たちは主張していると私は解している。

基礎概念が理解できたあとで、理解した基礎概念を定着する問題演習を行うのだ。

 

英語の学習の中心は「定着」学習だ

 

これとは逆に、理解はできるが、そのつどの定着作業を怠っているために、苦手な科目になる代表は、英文法や歴史などの学習であることは、想像しやすいだろう。

 

例えば、不定詞の時制という問題がある。

① to+動詞の原形

② to+have 過去分詞

①の不定詞は通常の不定詞でその時制は、その文の動詞の時制と一致する。

②の不定詞は完了不定詞といい、その時制はその文の動詞の時制よりも以前の動作や状態を表す。

 

だから、

It seems that he is rich. = He seems to be rich.

「彼は(今)金持ちのように(今)見える」

It seems that he was rich. =  He seems to have been rich.

「彼は(昔)金持ちだったように(今)見える」

It seemed that he was rich.  =   He seemed to be rich.

「彼は(昔=そのとき)金持ちのように(昔)見えた」

It seemed that he had been rich. =   He seemed to have been rich.

「彼は(昔よりもっと以前に)金持ちだったように(昔)見えた」

という関係になる。

 

例えば、このように授業で習ったとしよう。

 

この理屈の何が難しいというのだろう。

 

しかし、実力テストにでもなるとできない人間がずいぶんとでてくる。

できない理由はただ一つ、

定着作業を怠っているからだ。

 

授業で各種文法事項を説明されたら定着作業を行おう。

ノートを見直しただけでは足りない。

参考書を読むだけでも十分ではない。

授業を受けて理解した内容を使いこなすための問題演習をしっかりと行わないと、力は定着しない。

 

■数学が苦手な人は、「理解」する作業に力を入れていない。

■英語が苦手な人は、「定着」作業を怠っている。

 

 

現代文の学習は、「理解」学習が中心となる

 

ただ、「理解すること」だけが、学習の中身となる科目もある。

それは、現代文の学習だ。唯一、「理解」自体が勉強の大部分を占める科目だ。

 

新しい問題を次々に解くという勉強法だけが、学習効果を上げる。

 

現代文の難しさというのは、本文に書かれてあること意味を正確によみとることの難しさだ。

だから、現代文の学習は学習した文章の「定着」というよりも、

文意をくみ取るという意味での「理解」の勉強が、常に中心となる。

 

現代文の勉強は、初見の演習問題をじっくり考え抜いて解く作業をするほかには、力がつく良い学習方法はない。

教科書や参考書に載っている文章について、授業中に解説された部分と同じ部分がテストで出題されて、それができたところで、現代文の真の力が付いているわけではない。

初見の問題を数多く解くしか、現代文の力を付ける方法はない。

 

■現代文の学習は、初見の文章を読み解くこと

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

 

習ったことは、すぐにいったん覚えるよう心がけよう

2015年12月18日 金曜日

大切な内容は、その場ですぐにいったん暗記しよう

 

そして、知識を「定着」させるためには「暗記」が必要だ。

復習は、定着のための手段であると書いた。

定着の中味は、実は「暗記」である。

 

今まで数多くの優秀な生徒を見てきたが、彼らに共通する特徴がある。

それは覚えるべき内容を、授業などで示されたらすぐに、

いったんその場ですべて覚えてしまおうという努力をしていることだ。

 

例えば、英語の文法の時間にbyを使わない受動態の表現が、5~6個教科書に出てきたとする。

普通の生徒は、そこに線を引いて終わりである。

ふわっとでも覚えればまだマシで、またいつか覚えよう。

テストの前になったら、そのときに暗記しよう、そういう態度なのだ。

 

ところが、優秀な生徒は、習ったすぐ後で、いったん全部覚えようとする。

もちろん、その場で定着できる人もいれば、時間をおいて再度の復習が必要な人もいる。

しかし、彼らの共通する動作は、

「いずれ定期テストの時には、それらをすべて覚えなければいけないのだから、いったんその段階で覚えてしまおう」

とすぐに「自然」に行動をする。

 

普通の生徒が、すぐに習ったことを覚えない理由の一つには、

その授業で紹介された、例えば文法内容の重要性が分からないとか、

覚える必要性についてピンとこないといったこともあると思う。

しかし、キミがもし、まだ高1か高2で、それなりのレベルの大学を目指そうとするなら、

その時期に学ぶ教科書で出てきた程度のことは全部覚えるくらいの気持ちでいてちょうどだ。

だから、その意味でも、キミがしょっちゅう小テストをしてくれている学校に通っているなら、

定着の環境が用意されているので幸せだと思う。

 

私には、その場ですぐに覚えようとするアクションをするかしないかという生徒の行動の差が、

のちについた大きな差になっているように思えてならない。

 

■習ったことは、すぐにいったん覚えるよう心がけよう

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦

 

「予習」は理解のための手段。「復習」は定着のための手段

2015年12月18日 金曜日

予習と復習ではどちらが、より重要か

 

よく、予習が重要か、復習が重要かという言い方がされる。

 

結論を言うと、当たり前だが、どちらも大切だ。

 

予習は、理解・インプットに影響する。

復習は、定着・セーブに不可欠だ。

 

二者択一に重要性を決められるものではない。その学習上の目的が違うのだ。

 

理解と定着が受験勉強の要(かなめ)だと書いてきた。

 

「理解・定着」と「予習・復習」との関係をここで書いておこう。

 

目的と手段の関係で両者をとらえるとわかりやすい。

 

予習・復習は、理解や定着という「目的」のための有効な最も大切な「手段」なのだ。

 

予習の段階ですべてを理解することはできない。

予習は、授業の理解の手助けになる、と考えるのだ。

全く予習をしなかったら、学校の先生の話が、授業中に半分しかわからないとしよう。

きちんと予習をして授業に臨めば、わからない部分を1割に減らすことができるかもしれない。

ひょっとすれば、授業中にほぼ100%、すっきりと理解できるかもしれない。

そのための予習と認識するのだ。

予習をすることで、授業自体が復習を兼ねることがある。

その意味では予習は、「攻め」の学習態度であることは理解しやすいだろう。

 

そして復習は必須だ。

復習というのは、単にノートを見直すことだけではない。

授業でやった内容の類題をできるだけたくさん解くことだ。

今日の授業で学んだ内容を、類題を解くことで、確かにできるようになった、という実感をつかむようにする。

習ったことが「定着」する。それが復習だ。

 

この努力を継続していくことで必ず実力は付いてくる。

具体的な方法については「計画」について書くところで述べよう

もしキミの先生が確認テストをしてくれるようであれば、

それを自分の勉強の成果、つまり「定着」を確かめる場と考えればよい。

「定着」の繰り返しが必ず確かな実力になる。

 

予習をした。それは理解という「目的」のために役立ったのか。

復習をした。それは定着という「目的」に役だったのか。

 

常にその発想で自分の学習を客観的に見てみよう。

 

■予習をした。それはキミの理解という「目的」に役立ったのか。復習をした。それは定着という「目的」に役だったのか。

 

フリーステップ香里園駅前教室チーフ 松本克彦