最近は「スマホ」のアプリがとてつもなく進化している

2016年11月28日 月曜日

最近は「スマホ」のアプリがとてつもなく進化している

 

電子辞書のことばかりをここでは書いたが、最近ではスマホがすごい進化を遂げている。

 

おそらく、近い将来、電子辞書の地位はスマホに取って代わられることになるとさえ思う。

 

「スマホ」は、いわゆる「ガラケー」とは、全く違った商品である。

「スマホ」はその可能性においてとてつもないポテンシャルを有している。

 

そのアプリの中には、10年前ならば、完全に「ドラえもん」の4次元ポケットから出てきてもおかしくないぐらいに、素晴らしい機能を持ったものがある。

こういうものをうまく活用することも、現在に生きるキミたちには、大切だ。

せっかくキミたちは「現在」という素晴らしい時代に英語を学ぶ学生時代を送っているのだ。

この「時代の恩恵」を思いっきり受けて欲しい。

 

確かに、スマホのアプリのどの機能を使えば英語の学習に有効かはなかなか分からないだろう。

私も新しいアプリに触れるたびに、驚いてばかりいる。

しかし、「英語自動翻訳」「簡易辞書検索」「単語検索」「英文OCR」「音声入力」などなど、すごい機能がどんどん開発されている。

どれもこれも、夢のような勉強用のアイテムになる。

 

授業中に電子辞書ならいざ知らず、スマホを出して単語を調べるというのは、なかなかにハードルが高いが、

自分の勉強部屋でなら使い放題である。

 

機会があれば、英語学習に役立つおすすめのアプリの特集も組んでみたいと思っている。

 

■スマホの進化から目を離すな! スマホは英語学習の最高の文明の利器になる

フリーステップ 香里園駅前教室チーフ 松本克彦

電子辞書は値段に対する価値が極めて高い

2016年11月25日 金曜日

電子辞書は値段に対する価値が極めて高い

 

私の辞書には語源辞書やカタカナ語辞書も入っているので、学習範囲を広げることも簡単である。

その上、国語辞典、古文事典、歴史事典や百科事典など、あらゆるものが入っている。

 

実は、私は定価で2万円ほどするある電子辞書を、ネットオークションで7000円で手に入れた。

入っている辞書の数からすると、1冊あたりの値段は、200円程度だ。

 

授業中に電子辞書を使うことが禁止されている高校もあるかもしれない。

だが、だからといってこんな素晴らしいアイテムを受験勉強に使わない手はない。

 

これからもさらに電子辞書は、進化することだろう。

きっとキミたちの毎日の学習スタイルを大きく変化させる有力アイテムになると確信している。

フリーステップ 香里園駅前教室チーフ 松本克彦

電子辞書のメモリー(しおり)機能を使いこなそう

2016年11月21日 月曜日

私の気に入っている電子辞書の機能に「メモリー(しおり)機能」がある。

これを使うと、自分が調べた単語のおさらいが簡単にできる。

 

これは、私のような古い人間にとっては、「鳥肌物」の機能だ。

 

一度引いた単語がすべて、メモリーに残されて、その一覧表が、新しい順で出てくる。

紙の辞書では、調べた単語の追跡調査など不可能だ

 

更に、音声が出るものが、今は一般的なようだ。

その日の勉強で引いた単語の発音を、復習のときなどに、正確な発音で耳にできるというのは画期的である。

 

メモリー機能を使って、新しく出てきた単語を、イヤフォンで発音を聞きながら、

例えば学校帰りの電車の中で順に見直すというのも、なかなか「高級」な勉強法だと思う。

 

しかも、私の辞書は見出し語のみならず、説明の中に出てくる単語や例文も発音が聞けるし、同じく内蔵されている英英辞書など例文も、文章ごと読み上げてくれる。

 

これは、実に便利だし、センテンスごと英文を記憶することにも楽だ。

 

現在では、私のようにこういう機能に感心していること自体が「古い」のかもしれない。

 

■調べた単語を順に発音を聞きながら復習するのはすばらしい学習法だ

電子辞書やスマホなどの文明の利器はどんどん使おう

2016年11月18日 金曜日

電子辞書の効用について

 

電子辞書をいまだに否定する教師がいるそうだ。

学校によっては、校内への持ち込みを禁止する高校もあるらしい。

電子辞書の使用に反対の論拠が、ある公立高校が、新入生に配った「学習の栞(しおり)」に書かれていた。

5年ほど前に、ある大阪トップテンの一つである某公立高校が新入生に配った冊子であったが、

いわく「紙の辞書を引くほうが勉強になる」そうだ。

 

単語を覚えるには、「苦労し、しんどい思いをしたほうが身に付く」のだとその栞を書いた先生は言う。

 

まるで、生徒たちは、英語以外の数学や物理や古文で、いささかも苦労をしていないかのような書き方だ。

英語の教師からの勝手な判断で、しなくてすむ余計な苦労をおわされた生徒たちにしてみれば、

そんな意見は、それこそ「しんどい」だけだ。

 

英語であれ数学であれ、どうも教師たちの中には、

生徒たちは、いくつも学ばなければならない多くの科目の中の一つとしてその教師の担当する科目を学んでいるのに、

まるで自分の担当している科目しか他に勉強するものがないかのような考えで指導をしている人がいるようだ。

 

生徒たちは、無限の時間を特定の科目に使えるわけではない。

限られた時間からやりくりして、その科目に勉強時間を充てていることを知らないかのように発言している先生がいる。

 

その高校の本音は、電子辞書を「高価な道具」と見て、生徒家庭の負担を慮って禁止しているのかもしれないが。

 

ただ、この高校の「学習の栞」の話にはオチがある。

「意味が一つしか出てこない」「後から見直すことができない」など。

これはいったい、いつの時代の電子辞書をイメージして記事を書いた教師は文句を付けているのだろうか。

どうやら、その栞を書かれた高校の教師は、全く違う昔の簡易辞書を現在の学習用「電子辞書」と勘違いしているようだ。

 

だいたい、あらゆる道具は進歩するものだ。

英語の単語や用例を調べるための道具が、紙の辞書から電子辞書になったからといって英語の勉強に悪影響が有るとは思えない。

電子辞書が登場し、ユーザーの支持を得ているのには、当然訳がある。

しかも、その進化は目をみはるばかりだ。

 

私は、数年前に電子辞書を使い始めて、その成長の早さと機能の素晴らしさに驚いた。

まず、軽いし、かさばらない。

かばんに入れた英和辞書はそれだけで、「筋トレ」である。

学校に辞書を持ってこない生徒や学校に辞書を置いたままにしている生徒もいるそうだが、

怠け者というより、単に「重いから嫌だ」という理由からなのかもしれない。

 

クラブで使う重い道具や楽器を肩に掛けて、手には教科書や辞書がぎっしり入ったカバンを持っての通学は想像しただけで大変だ。

 

私は、今、仕事のカバンには常に電子辞書を入れているが、

もし、紙の辞書ならば、かさばるし重いから持ち運びするようなことはしないと思う。

このメリットは大きく評価されるべきだ。

 

■電子辞書やスマホなどの文明の利器はどんどん使おう

フリーステップ 香里園駅前教室チーフ 松本克彦

高校が言う「塾に通わなくても大丈夫です」の台詞は本当か?!

2016年11月4日 金曜日

 高校が言う「塾に通わなくても大丈夫です」の台詞は本当か

 

保護者面談をしていると、よく耳にする言葉がある。

また、高校の教師、特に私立高校の先生方と話をしているときによく聞く言葉がある。

 

いわく、「この学校の授業でやっていることをきちんとやれば、塾に通う必要はない」という台詞、あるいは、それと似た表現だ。

 

つまり、この学校に任せておけば、それに加えて塾に行く必要はないというのである。

 

この言葉をそのまま鵜呑みにして、塾に通わず、通わせず、その結果、成績不良の状態が続き、学習状況をさらに悪化させている生徒がいる。

 

ならば、「塾に通わなくてもよい」という台詞は間違っているのだろうか。

 

教師の台詞には間違いはない。

 

正確に言うと、半分正しい。

 

その教師や学校は、こう言っているのだ。

つまり、「我々が提供するものをきちんとすべてマスターすれば、他からそれに加えて別の新しい学習情報を入れる必要はないですよ」ということである。

 

例えば、「難関大学に進むために必要なものはすべて授業の中で提供する」とそう言っているのだ。

「学校で使っている教材は、難関大学受験用として必要十分なものであり、それにさらに加えて別の教材をする必要がない」「受験のために必要な受験指導は十分に授業で提供をしている」と、そう言っているのだ。

 

この台詞には、大きな但し書きが付いていると解さねばならない。

 

つまり、提供するものは十分だが、それを提供された側が提供されたものを十分にマスターしているか、身につけているかどうかということは別だということである。

 

与えられていることは十分かもしれないが、しかしそれを理解し身につけているかどうかは、生徒一人ひとりの責任に委ねられている。

 

「塾に通わなくても良い」という台詞は、そういうような前提で言われていることと認識すべきなのである。

 

そういう台詞で紹介されている学校の生徒の多くが、自分の力では消化しきれない理解が不十分な箇所を開成教育グループに通塾して習得しているのもまた事実なのである。

 

■たとえ学校が提供するものは十分であっても、それを提供された側がそれを十分にマスターしているか、身につけているかどうかは別問題

 

フリーステップ香里園駅前教室 チーフ 松本克彦