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開成教育グループ


私の大学受験(その3)

( 2012年5月7日「私の大学受験(その2)」からの続きです。)

 こんにちは。

 神戸市外国語大学。わたしはその「偏差値」をまったく知りませんでした。いや、正しくは、そもそも「偏差値」なるものを知らなかったのです。ところが結果として、そのことが私には幸いしたのかもしれません。学年2番(最下位から)の生徒が、志望校の偏差値を知ってしまった時点で、要らぬ先入観が災いし、はなから受験を断念してしまったかもしれないのです。
 さらに、センター試験や二次試験の出題形式などもまったく知らずに入試当日を迎えることになりました。もちろん、模試なども受けていません。なんという身のほど知らずでしょう。情報戦略も合格の大きな要因となる今日の受験からすると、考えられないことですね。
 ところが、私なりに信念があったのです。「真の実力」があれば、いかなる形式で出題されようとも、解けないはずがない。例えば英語なら、すべての英文をすぐさま正確に解釈できるなら、それに付随するどんな設問にも答えられないはずはない。とにかく要は、絶対的な「真の実力」を身につけさえすればいいのだ、という考えです。
 誤解のないように断っておきます。今日の受験では、出題形式に見合った合理的な「解答法」を技術として身につけることは必須の課題です。ところが当時の私は、そうした戦略・戦術を立てる賢明さと情報を著しく欠いており、だから、あれこれ愚策を弄するより、とにかくすべてを完璧にすることに専念するほうがむしろ近道である、と考えたのです。
 では、どこまでやれば「完璧」なのか。その基準は自らに設けました。「自分で納得のいくまでやる」というものです。つまり、偏差値や出題形式といった「枠」に従って勉強の質と量に上限を設けるようなことは一切しなかったのです。ここまでは入試に出る、これ以上のことは入試に出ない、といったことをいちいち考えるくらいなら、とにかく目にしたもの、載っていることすべてを貪欲に吸収していったほうが手っ取り早い、と思ったのです。客観的には非合理、非効率的な勉強法ですが、私にとってはそれがむしろ効率的に思われたのです。あれこれ考える前に、とにかく「やる」。やるかやらぬか迷うくらいなら、とにかく「やる」。難しかろうが多かろうが、とにかく「やる」。入試に出ようが出まいが、とにかく「やる」。その単純さが私には最も分かりやすく、腑に落ちる勉強法でした。
 2番(最下位から)の生徒を国公立大受験のレベルにまで鍛え上げるには、むしろやるべきことの上限を設けなかったことが功を奏したのかもしれません。

つづく


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