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開成教育グループ


2012 年 1 月 16 日 のアーカイブ

「学び」再考

2012 年 1 月 16 日 月曜日

 こんにちは。

 かつて、大学へ進学できる人間がごく限られていた時代、彼らはいわば国の将来を担うエリートとして、その強い自覚・責任感が学問に精進する動機づけとなっていました。
 今日、大学の門戸は大きく広げられ、大学生にそうした自覚は希薄になっているように思われます。目標の大学に合格した学生が、入学後、ほとんど勉強をしなくなり、学問を身につけることに対する意欲や関心が、受験が終わるとなくなってしまうという現象は確かにあるようです。
 一方、大学側も、急速に進む国際化・情報化社会の中でそれに対応すべく、学部の新設やカリキュラムの改変を試みようとするのですが、旧来の学問体系をベースにこれまで経歴をつんできた大学人たちの腰は重く、急速な時代の流れについていくことができずに、まだ模索の段階にとどまっているのが現状のようです。
 来るべき時代は、これまでの価値体系がことごとく崩壊し、従来の、既成の概念がまったく通用しなくなる、そんな時代となるでしょう。良い意味でも悪い意味でもまったく新しい未知の世界に立ち向かっていかねばなりません。これから大学生になる諸君は、そうした世界の中で新たな社会を構築していく、重大な責務を背負っているのです。そこにこそ、「知識」「学問」を身につける意味・目的を見出すべきなのです。
 そしてその第一歩として、今ある外の世界に目を開かねばなりません。それは、周囲の物事に対して、どんなことにも好奇心を持つことです。好奇心は「勉強の発電機」です。勉強へと自らを突き動かす、内なる動力です。また、好奇心を向ける対象は、どんなものにも見出すことができます。たとえばテレビなども、格好の道具となり得ます。テレビから流れる情報に、好奇心の材料はいくらでも見つけることができるはずです。
 世の中の動きを知ることなしに、大学の講義で知識だけを詰め込んでも、それは単なる学問上の空論に終わってしまうばかりで、「学ぶこと」の本来の意義・目的をそこから見出すことなどできないでしょう。
 何のための「学問」なのか。それは好奇心を持ち、広げていくことによって理解でき、また「学ぶこと」の過程で、好奇心の芽は育まれていくものなのです。