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開成教育グループ


‘ブログ’ カテゴリーのアーカイブ

メリークリスマス

2010 年 12 月 27 日 月曜日

みなさん、こんにちは。今、この原稿をクリスマス・イブに書いています。この原稿がブログに載るのは、クリスマスを過ぎてからになりますが、みなさんはどんな気持ちでクリスマスを過ごしましたか?高2生の皆さんは、「来年は受験でクリスマスを楽しめないから、今年は目一杯楽しもう。」、と思って過ごしたでしょうか。高1生の皆さんの中には去年の高校受験の頃のしんどさを思い出したりする人もいるでしょう。受験というのは、色々な意味でプレッシャーですよね。私も受験の頃は、「お風呂が熱い」なんて些細なことで、プリプリしてしまった記憶があります。また、合格出来るだろうか、と不安に思ったりもしました。人間はどうしても、新しいこと、先の見えない未来のことに不安と恐れを覚えてしまいます。どうすればいいのでしょう。経験からいうと、それを克服することはできません。しかし、その一部を軽くさせることはできます。開成ハイスクールでは定期テスト対策に力をいれています。その理由は、普段の勉強を大事にして欲しい、ということもありますが、テストに慣れて欲しいという狙いもあります。テストの時間は独特の緊張感があり、それに真剣に向き合うことで場慣れします。皆さんも、模試などを受けに行った時、やたらと賢そうな人を見たことはありませんか?テスト結果も分からずに、なぜそのように見えるのでしょう。それは、その人が勉強すること、テストを受けることに慣れているからです。「習うより慣れろ」、という面が勉強には少なからずあります。慣れることを大事にしましょう。勉強は努力した分だけ、自分に帰ってきます。誰のためでもなく、自分自身を成長させるために学ぶことを大事にしましょう。
それでは、今日のこの日に感謝して。遅ればせながら、メリークリスマス。

数学科 村上 豊

ダニューブ・エクスプレス(その1)

2010 年 12 月 20 日 月曜日

 修学旅行でグアムや台湾へいく高校も珍しくなくなり、海外旅行がごく一般的になった昨今ではありますが、やはり大学生の間には海外をもふくめて絶対旅に出てほしいと思います。ということで昔、学生時代に乗った「ダニューブ・エクスプレス」の話をします。
 3 週間にもおよぶソビエト連邦(崩壊して早 20 年近くたち最早歴史用語です。ロシアと言ってもよいのですが、今の国名でいうとウズベキスタン、トルクメニスタン、グルジア、ウクライナにも行ったので、やっぱりソ連と言うべきです)の旅を経て、同行の友人とも別れ、モスクワから単身乗りこんだのが、ダニューブ・エクスプレスでした。行先はトルコのイスタンブルです。渡されたチケットの記載を見ると料金が約 3 万円、チケットの経由地を見ると国境通過が 3 回、チケットを手配してくれた旅行会社がくれた旅程表によると、車中泊 2 泊、約 40 時間の旅です。機内で雨を降らし窓からのすきま風が寒い(当時、現状はこうではない…と思いたい)航空会社、ア**フ**トとは違って、水漏れもなく寒くもない(冬でもかなり車内は暑い)、そして安い鉄道の旅なら快適だろうと期待していました。それに山に突っ込みかけた挙句に吹雪の中でも強行着陸をやってのける(当時、現状は少ない…と思いたい)航空会社、*エ***ー*とは違って、レールの上を走り吹雪の中でも落ちることがない鉄道は安心です。しかも、隣は食堂車でした。食いっぱぐれる心配もありません。冷え切った機内食が出る(しつこいようだが当時、現状は改善されたはず)航空会社、**ロ*ロ**とは違って、温かいものが食べられそうです。
 モスクワのキエフスキー駅(モスクワにはモスクワ駅はなく、乗車する列車の経由地によって乗車する駅が異なります。駅名はその経由地がつけられています)から乗り込むとコンパートメントは 3 人部屋で、あとの 2 人はともにイラク人で、留学先のタシュケントから帰省する学生でした。1 人は John Oates 似の日本人の中東のイメージにかなり近い雰囲気を持つ小柄な男、もう 1 人は Bruce Hornsby 似の白人の大柄な男でした(当時の第一印象なのでたとえられる人間が古いです。具体的にどんな顔かを知りたければ YouTube でも御覧ください)。彼らは、しきりに「金を持っているのか」「ビザを持っているのか」といろいろなことを聞いてきました。警戒している私は、ごく一部のキャッシュだけ見せただけでした。彼らは私のことを相当ビンボーだと思ったようです(ヨーロッパから日本に帰るチケットを無謀な私は日本で手配してません。だから実はちょっと金持ちだったのです)。
 発車は夜の 22:30 でした。出発すると早速車掌がやってきました。米ドルを売らないかという話です。公定レートの 5 倍ほどで買うとのことです。とはいっても明日はもうソ連出国する予定のみです。ルーブルは海外へは持ち出せません。もっと早く言ってくれればいいのにと思いつつ断ると、今度はジーンズや腕時計を売ってくれと言ってきます。これは米ドルよりも高くで売り捌けるのですが(当時、いらないものを日本から持って行きこれで旅費を稼いでいる日本人もいました)、売ると自分が着るものがなくなるので泣く泣く断ります。個人で旅行するとこういうことが楽しめます(リスクもあります)。
 翌朝、起きると間もなくキエフです。今はウクライナの首都であるキエフですが、当時はその数年前に大事故を起こしたチェルノブイリ原発から直近の大都市として知られていました。しかもキエフは雨が降っていました。車掌は車両から出るなと言ってきました。停車時間も短いので出ることもありませんが。
2 日間で 3 回の出入国をするはずなのだから、キエフを出ればもうすぐソ連出国だろうと思っていたのですが、なかなかそのような雰囲気ではありません。留学生の 2 人はのんきに昼寝をしています。ちなみに彼らは私をよほどのビンボー人と思ったのか、この日レストランにまで連れて行ってくれ全部奢ってくれました。
 暗くなってきてもまだ国境には着きません。地理的に考えてもこれはおかしい。車内をうろついていると(とはいっても別の車両に移ることは、いつ切り離されるかわからない国際列車内では危険なので、遠出はできません)「ソ連国際列車時刻表」(英語版)というものが置いてありました。それを見ると、どう考えても車中泊は 3 泊でした。これで謎は解けました。これでまともなルートを走っていることはわかりました。ついでにキエフの段階ですでに 2 時間以上遅れていたことも分かりました。すでに日本を離れて 3 週間、ハプニングに鈍感になっていて(死ななきゃいいぐらいで臨むのがポイント)、どうせイスタンブルのホテルの予約もしていない私にとってはスケジュールが 1 日延びても大したことではありませんでした(この先もまだまだハプニングは起こりましたが)。
 深夜、ようやくソ連とルーマニアの国境のソ連側の駅ウンゲニー駅に着きました。車両を切り離す音がかなりの長時間続いた後、ようやく出国の審査が始まりました。ソ連の出国審査は悪名高いものでしたが、とくに完全に個人旅行者である私には苦難の道が待っていました。(続く…)

片岡尚樹

気持ちで負けない

2010 年 12 月 13 日 月曜日

「一度決めたことを忘れないで何度も何度も繰り返そうそうしていつか変わっていく弱い自分」これは,私が尊敬するシンガーソングライターの詩の一節です.

心理学的な見地から考えてみても,人間は環境の生き物とよばれており,自己の行動を完全に制御することは非常に難しいようです.自己にしみついている「日常」や「習慣」といったものを一蹴して自分を変えるというのは思っている以上にエネルギーを必要とすることに違いありません.

「大学入試に向けて勉強を始めないと!」と意気込んでみても部活でヘトヘトになって帰宅したら睡魔が・・・なんてこともあるでしょう.しかし,高2のみなさんはあと数ヶ月のうちに受験生として目覚めることが求められてきます.自分を変える労力をいつまでも惜しんでいては結局変わることなんてできません.人間ってやっぱり自分に甘いから.

就職活動やその他の場面でいわゆる「難関大出身者」が優遇されるのはなぜでしょうか.その理由は単純で,彼らには自己を律してその大学に入学するに相当する労を惜しむことができる人間である,ということが,それらの大学に入ることで証明されるからです.その大学自体に価値があるというよりも,むしろそこに入るまでの過程を評価されるのです.しんどい時に踏ん張れる人間だけが自分を変え、周りの人々を変化の渦へと巻き込み,結果社会を良い方向に動かせるチカラを持つのだと一般に考えられるからです.

大津京駅前教室・草津駅前教室で私が面談で約束の課題のテストをするときに「部活の大会で忙しかった」「テスト前やったからできてない」という生徒がたまにいます.たしかに高校生の1日は非常に忙しい,やりたいこともやらなければならないこともたくさんあります.しかし,それを言い訳にしてほしくない.受験勉強とは「夢」を叶えるための投資と考えられます.そうすると,もろもろを言い訳に受験勉強をしない=夢ともろもろを天秤にかけて,夢を軽視していることにほかなりません.それが懸命な選択と言えるでしょうか?

今,自分が何をすべきかということを統合的視点から判断できる様になってください.妥当な計画を立て,それをしっかり消化することこそ,学習の1番の成功要因ですよ.

ライバルに,そして自分に気持ちで負けるな!!

(英語科)

自分って文系向き?それとも理系向き?その1

2010 年 12 月 6 日 月曜日

 こんにちは。開成ハイスクール英語科の濱田健太郎です。さてさて季節はさらに進み、本格的に寒くなってきました。インフルエンザにノロウィルス、身の回りには危険がいっぱいですが、対策は万全でしょうか。今年のインフルエンザの予防接種は3種混合ワクチンで例年より強い成分らしいので、接種のタイミングにも配慮しましょう。
 さてさて、いつもながら話は急に変って、1年生、2年生の皆さんは来年度のコース選択を完了された頃だと思います。即決できた人も、ギリギリまで悩んだ人もいるのではないでしょうか。
 では、何を基準にコース選択をしたのでしょうか。小学生や中学生の頃は、「好きだから」で何事も決めることができたのに、高校生になると色々なことを考えてしまいますよね。中には、「早く数学とバイバイしたい!」という理由から私立文系を即決した人もいるでしょうし、何が何でも国公立の医学部って人は、ほとんど選択の余地なしの時間割になったことでしょう。
 私は高校1年生の時、選択は本当に悩みました。最初は文系で提出し、理系に修正して再提出をしました。ですから、高校2年生は、物理・化学選択のバリバリの理系の生徒として過ごしていました。私が理系を選択した理由は極めて単純です。私の志望は国公立理系だったのですが、それは募集定員の多さに魅力を感じたからという理由だけでした。確かに化学は好きでした。しかし化学を好きな理由は点数がとれるからということに気付いたのはしばらくたってからでした。この時点でハッキリ言えることは、点数がとれるから○○を選ぶという単純な発想は危険だということです。理系を選択しようとしている人、本気で数学の世界に飛び込む勇気がありますか。今の数学で点数がとれているからといって数Ⅲができる保証はどこにもありませんよ。その単元がどの内容までを必要としているのか、ちゃんと調べて下さい。コース選択は立派な入試の一部ですよ。
 まだ悩んでいる人、相談に乗りますよ。

 コース選択で失敗しないためにも失敗した人の所に相談に来て下さい。次回こそは、悩みつつ文転する心境と環境の変化について述べたいと思います。

「大学受験・定期テスト」再考

2010 年 11 月 29 日 月曜日

 こんにちは。
 今回は、改めて「大学受験」と「定期テスト」の意義について述べてみようかと思います。

~大学受験に向けて~
 私は、大学受験とそれに対する取り組みを、目標達成の一つのプロセスであると位置づけます。それは、自分の将来の目標に照らし合わせて志望校や学部を決定する、といった表面的なことだけではありません。確かにそれも大切なことですが、さらに重要な意味があるのです。
 それは、入試に向けての取り組みの中で、自分の目指す、より大きな目標を達成するための「力」と「手段」を身につける、ということです。
 例えば、能力が同じ2人の人間に差が生じるとすれば、その要因は「時間の使い方」にあると言えます。目標達成には、それに至る具体的な「計画性」が必要であり、その計画を毎日確実にこなしていく「日々の成功」が、大きな成功を引き寄せる力となっていくのです。私は、この日々の実践に焦点を当て、「毎日の成功」「一つ一つの成功」を大切にしています。
 その現実的な取り組みとしては、まず、各生徒と話し合い、志望校合格に向けて、中期目標、短期目標を設定し、それを毎日の課題にまで具体化していきます。また、毎日の課題は、あくまで自分が実際に達成可能な範囲に限定します。過剰な強制はプレッシャーとなり、やる気をそこなう最大の原因となるからです。さらに、その課題を毎日達成しているかを生徒と共に確認し、できなかったことよりもむしろできたことを評価していきます。それは何より「毎日の成功」を実感することに意義があるからです。
 勉強は、するべき課題をあくまで自分の能力の範囲内におき、余裕を持って進めていく。そして、自分ができたことに焦点を当てて、それを喜び、毎日を達成感で満たしていく。このことが、勉強の継続には必要なのです。達成の喜びは、自分の現状を肯定的に評価し、それに自信を持ち、明日の目標に対する意欲を引き出していくのです。

~定期テストに向けて~
 大学受験に向けての、あるいは目標達成のプロセスにおいて最も重要とされるのが「計画性」「時間の使い方」であるならば、高1・2年の段階での高校の「定期テスト」は、きわめて重要な意義を持ち始めます。この1~2年間に、定期テストに向けてどのように時間を使ってきたかが、その後の大学受験に向けての取り組み方を大きく左右するのです。定期テストはその場限りの勉強で何とか乗り切ったとしても、大学受験になるとそういうわけにはいきません。しかし、一度ついてしまった習慣は、なかなか修正することができないものです。
 私は、定期テストも大学入試も、期日と範囲が決められているという点では同じ性質のものであると考え、1年間の本格的な入試対策の前に、1・2年生の段階ではまず定期テストに向けての1カ月ごとの計画性を徹底し、その習慣づけを浸透させていくことに取り組んでいます。1カ月という限られた時間をどれだけ効果的に「活用」できるか、その計画的な時間の使い方を、毎回の定期テストを通して少しずつ身につけていく。定期テストはそのようなものであると位置づけているのです。そうすることによって、毎回の授業で行う定期テスト対策においては、その扱う内容の重要性と同時に、目標達成プロセスにおける時間の有効活用という、もっと本質的な受験準備を行っているのです。
 同じく定期テストを受けるならば、そのなかで毎回何かを獲得した方が有意義です。それは、始めのうちは、少しずつ準備を進めていくことの困難さに気付くことでもいいでしょう。そのことは、一つの経験として、次回に必ず生かされていくものです。こうして改善を重ねていくことが、定期テストの本来の意味だと思うのです。

やればできる…?

2010 年 11 月 22 日 月曜日

 こんにちは。
 「やればできる。」私は、この言葉をあまり使いません。確かに「やればできる」のは真実なのでしょうが、「やっていない」生徒にとって「やる」ことはそう簡単なことではありません。というよりも、勉強することの大きな壁の一つが、根気よく「やる」ことの難しさだと思います。「地道に続ければ分かるようになって、成績も伸びる。志望校にも合格できる。」誰でも頭では理解していることだと思います。しかし、それを実行することは案外難しいことです。そして、確実に成績を伸ばすために本当に必要なのは、「継続してやること」なのです。
 私が指導している生徒たちは、ほぼ全員が「やる」ことができ、その中で、定期テストで着実に成績を上げている生徒も数多くいます。しかし、ごく少数ですが「やらなかった(やることができなかった)」生徒もいます。もちろんこの生徒も、望んでそうなったわけではありません。挽回は、まだまだ充分に可能です。そのためには…

①無理な計画は立てず、実現可能なものに
 「さあ、がんばって勉強するゾ」と意気込みすぎて、完璧すぎる計画を立ててしまうことがあります。しかし、無茶な計画を立てると「やっぱり明日から…」となってしまい、結局、計画は実行されずに終わってしまいます。これでは意味がありません。
 最初は高望みをせず、「必ず実行できる計画」を立てるのが良いと思います。例えば、今までの自宅での勉強時間がゼロに近いならば、最初の一週間は「集中して毎日30分以上」でもいいと思います(これなら実行できるかもしれませんね)。「たった30分では…」と思われるかもしれませんが、ここで大切なのは、時間よりも「毎日集中して勉強する習慣を身に付ける」ことです。30分の勉強が実行できたら、次の週は「集中して毎日40分」の計画です。先週30分ができたのですから、10分増やすのは無理ではないでしょう。おそらく、3週間経過した頃には、毎日1時間ずつ、いや、それ以上の勉強時間を確保することができる状態になっているかもしれません。とにかく、まずは実行可能なところから始め、それを継続することに焦点をあててください。

②信じる者は救われる
 この言葉は、勉強に関しては真実だと思います。私たちは(他の塾・予備校などもおそらく)「こうすれば成績アップできる、こうすれば合格できる」というノウハウを提供しているのですから、その指導に従って、結果が出ないわけがありません。
 先生たちは、年間の勉強の全体像を頭において(つまり、ペースを考えて)指導しているわけですから、「今週この内容を理解(暗記)しておけ」と言ったならば、それはつまり「今やっておかないと後で困るよ」ということを意味するのです。それを聞き流していると、当然「授業についていけない。やるべきことが多すぎて、手が出せない」状況になってしまいます。私の経験からすると、「やらなかった」生徒は、「明日でもできるわ」→「後でまとめてやるわ」で、結局手が出せなくなってしまうことが多いようです。
 信頼するに足りる塾・先生にめぐり合えたなら、その先生が言われたことは実行しましょう。もちろん、鵜呑みにしろと言っているのではなく、納得できないことがあれば、説明してもらってから実行しましょう。信頼に足る先生ならきちんと根拠を説明してくれるはずです。
 「やる」ことは難しいのですが、それは「やらない」から、とも言えます。一度「やって」みてください。そうすれば、「やる」ことが、実は思っていたより難しいことではなく、苦痛でもなんでもないことに気付くかもしれません。そして、その先には「大幅成績アップ」が待っています。

イタリア

2010 年 11 月 15 日 月曜日

 先日イタリアに8日間行ってきました。フィレンチェやローマで芸術にふれる旅となりました。下の写真はチビタ・ディ・バニョレッジョです。
 天空の城ラピュタのモデルとなったとも言われています。
エトルリア人たちが外敵と湿気から逃れるために断崖絶壁に街を作ったそうです。

 写真中央の道を上がっていくと町があります。昔は600名ほどが住んでいたそうです。ほんとに超不便なところですが、町並みが可愛く素敵な町でした。

 ローマは、町全体が遺跡のようでした。建物はイチイチ可愛いです。
 下の写真は、警官と町並みです。

 有名なコロッセオの中での写真です。2000年前の建造物で6万人収容だそうです。現在の甲子園が5万5千人なので、それよりも大きいです。ちなみに2000年前の日本は弥生時代だそうです。

 ローマ、バチカン市国では芸術的な建築物と美術品を見ることができました。
写真はバチカン市国です。あんまりカメラの性能が良くないので上手く写真は取れていません。しかし天気は、晴天で気持ちのよい青空で写真を取ることができました。

 私が今回の旅で一番凄いと感じたのが、システィナ礼拝堂とそこにある「最後の審判」です。(最後の晩餐ではないですよ)
システィナ礼拝堂は、体育館と同じくらいの大きさの建物です。その天井一面にはフレスコ画、側面にも絵、そして正面には「最後の審判」が描かれています。
 私は受験のときに世界史受験だったので、「最後の審判」の名前くらいは知っていましたが、実物は想像をはるかに超える迫力とスケールでした。私の文才では、表現できないです。生の迫力がありました。

 フィレンチェ・ローマで、たくさんの芸術作品を見ましたが、それらを見ながら感じたのは、「無から有」を生み出す凄さでした。いわゆる天才たちには、なぜこんな凄いものが作れるのだろうと思いながら作品や建造物を見ていました。

 しかし「天才」たちも、先人の知恵を勉強し、師匠の技を盗み、努力をして新しいものを創造していったはずです。
 特に、さきほどあげた「最後の審判」を書いたミケランジェロも多くの苦難を乗り越えて作品を完成させたようです。たとえば「最後の審判」やシスティナ礼拝堂の天井画を描くのに6年間、正面の最後の審判を描くために5年間かかったそうです。天井画は天井に直接描くため、非常に肉体的にシンドイらしいです。体育館の天井一面に絵を描くのは、想像しただけで腰と肩が痛くなりそうです。。
 少し話がそれましたが、何か新しいことをするためには、努力と根性が必要であり、学び続けることが大切だと感じました。

 みなさんは大学受験に向けて学んでいる最中ですが、是非、時間のある今に思いっきり学んでください。もちろん私も学び続けます。勉強していたら、「今やっているこの勉強はどんな意味があるのだろう」と感じることも多いかもしれません。しかし、学び続けてください。一見意味がないことでも後で、有機的に結びつき、みんなの役に立つはずです。
 
 以上、天才たちの作品にふれた前田佳邦でした。
 
 

開成ハイスクール 数学科 前田佳邦

風邪

2010 年 11 月 8 日 月曜日

 みなさん、こんにちは。いよいよ11月に入り、寒くなってきました。みなさん、体調管理の方は大丈夫でしょうか?私は少し風邪をひいてしまいました。みなさんは、風邪など体調不良にならないように気をつけてください。
 さて、風邪といえば、毎年流行る病気です。この時期はインフルエンザも話題になってきます(風邪とインフルエンザは別物なので注意してください。)。こんなに科学技術が発達しても、なかなか風邪を撲滅することはできません。なぜでしょうか?それは病原菌の種類の多さと、変異の多様さといわれています。さまざまな種類の細菌、ウイルスが、なんとか人間に感染しようと自分自身を変異させているせいです。そして、この変異がランダムに起こるせいで、予測できないためです。これに対抗するためにはどうすればいいでしょう。ワクチンを打てばいいとか、薬を飲めばいいなど、安易に対応しないで、きっちりとした生活習慣を維持して、常に免疫力を高めておくことが大事です。かくいう私も、ちょっと夜更かしをしたのが祟って、風邪をひいてしまいました。油断は禁物、慢心せず、自分自身の管理をしっかりしていきたいものです。
 ところで、上で、ウイルスの変異がランダムだという話を紹介しました。皆さんの中には、ランダムだと、予測不可能で無茶苦茶、人間の手で制御できない、どうしようもない状態だというイメージを持っている人もいるのではないでしょうか?ところが、そういった領域にも知性を働かせて、秩序をみつけた人がいます。先月亡くなりましたが、経済学者で、数学者でもあるマンデルブロさんが代表的な人です。フラクタルという分野を切り開き、海岸線などの一見不規則で、今まで良く知られていた長方形、円などでは記述しようがないものを捕らえる方法を見つけました。今では、フラクタルの分野は、株価の変動や、生物の内臓の内壁など、非常に広い分野で見られる一般的な構造であることがわかっています。フラクタルなどの分野は、高校で習う分野を遥かに超えてしまいますが、秋から冬にかけての長い夜を利用して、何か一つ、高校の範囲を超えた勉強をして背伸びをしてみませんか?簡単な本を読むのでもいいです。いろいろなことを知らずに生きるよりも、知って生きる人生を歩んでください。そういった知識の蓄積がいずれ役に立つ時が来ます。(ただし、風邪には気をつけてくださいね。)

数学科 村上 豊

「後悔,後を絶たず」では困りますが…

2010 年 11 月 1 日 月曜日

「後悔,先に立たず」は古人の言であり,「後悔、後を絶たず」は大学に 8 年通った友人の迷言でありますが,今,雑誌「プレジデント Family」では「わが子の受験,親の後悔トップ40」という特集がなされています.この特集は,「中高生の親1000人が証言」とあるように,高校生自身あるいは高校を卒業した人たちの「後悔」は登場しませんが,視点を変えた「後悔」も中々興味深いものではないかと思います.

さて,というわけで,私の受験時代についての後悔です.一番大きいのは「こんなものはできっこない」と自分を縛ってしまうことでした.今でも、「覚えるのは苦手です」などと言って,英単語の暗記をしない言い訳にしている人いませんか?私もそんなことを言っていたんですね.これはただのやらないための言い訳です.そうやって私も英単語の暗記を怠っていました.入試のとき,3 行ほどの和訳問題の英文の中に10数個の知らない単語を目にしたとき,後悔しました.そして,大学生になり数多くの英文を読む(読まされる)うちに,さらに教えるようになっていくつものテストを作っているうちに,いやでも覚えてしまいました.結局,覚えられないのは覚えようとしないから,覚えるまで徹底的にやらないから,です.どっぷりつかればいやでも覚えます.他にも,色々なところで「できっこない」ことができるようになる経験をしました.自分を縛っていくとその枠を抜け出ることができない.受験生時代はかなりそうだったと思います.

もうひとつの後悔は,「苦手科目を放っておいた」ことです.私は,文系学部志望のくせに英語は苦手,さらにどうしようもなくダメなのは古文でした.理由は今では明確です.押さえておくべき基本的な知識が全くない,あるいは,単に「知っている」だけでそれを使いこなせるレベルにはないからです.範囲がある定期テストならなんとでもなりますが,実力は皆無でした.先日,中学生の古文の授業をしましたが,その準備をしていく上で改めて感じたのは,「これは聞いたことがある」とか「これは知ってる」程度では,やはり通用しないのだということでした.それを一段上から見下ろして眺められるくらいでなければ,入試なんて無理です.結局,古文はずっとほったらかしでした.幸い,当時はどこの入試も古文をそれほど重視していなかったので,大学にはもぐりこめましたが,これは単に運がよかっただけだったと,今も思います.

「人は成功より失敗から学ぶ」というのも古人の言ですが,やはり人は失敗から学ぶ方が多いようです.それにこだわりすぎるのは問題ですが,たまには反省する必要もあるでしょう.「Kaisei Family」あたりでやりませんか.「私の受験,ここがよくなかった」なんて.

片岡尚樹

2学期の意義

2010 年 10 月 25 日 月曜日

 みなさんこんにちは。草津駅前教室、大津京駅前教室では先週末に各高校の定期試験が終了し、ぼちぼち結果が返却されているところです。良い結果が返ってきた人も、思ったほどの点数が取れなかった人も、入念に復習をして苦手単元を作らないようにしましょう。
 特に1年生の生徒諸君には肝に銘じておいてほしいのですが、この時期の定期試験の成績というのは、単に一過性の結果ではなく、今後ずっと定着し、それが大学入試にまで影響してしまうケースが多い非常にリスキーな時期であるということです。この時期に成績下位層に属してしまうとこれを巻き返すのは非常に大きな労力とお金がかかります。
 逆にこの時期はライバルに差をつける時期として最適であるということも忘れてはなりません。高2生であれば本格的に受験を意識した学習を今始めるのと年明けに始めるのでは受験勉強のスケジュール面で大きな差がつきます。草津教室と大津京教室では国語や化学などの授業を代ゼミサテラインで受講し、大学受験の準備を着々と進めている生徒も見受けられます。
 私たち開成ハイスクールのスタッフは自分たちを信じて頑張ってくれている生徒のみんなを裏切ることは絶対にしたくないですし、個々の生徒の持つ可能性の芽を潰したくありません。それが私たちの使命であると同時にみんなの成績伸長が「私たちのやってきたことは正しかったのだ」と確認する唯一無二の方法だからです。
 確かに高校生活にも慣れ、部活も予習も忙しくなってくるこの時期ですが、今一度自分の学習スタイルを見直し、効率的な学習習慣、生活のリズムを検討してみましょう。
 もし自分で考えるのが難しければ、ためらうことなくハイスクール各教室のスタッフに相談してみてください。みんなのことを本気で考えている講師やチューターがみんなを全力で支えます!!

(英語科)