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「昨日よりも賢くなったな。」

住道駅前教室 学習プランナー

川辺りょう先生

最近はまっている事:家具を買うこと
趣味:映画鑑賞
好きな言葉:一期一会

お通夜の日に、先生の奥さんから声をかけてもらいました

私の中学校時代の恩師の話をしたいと思います。この話をさせていただくのも私が教育関係の仕事に就こうと思ったきっかけを作ってくれたからです。

私は中学校の頃、おそらく学校内で一番と言って良いぐらい手がつけられない生徒でした。ことあるごとに職員室の横にある用務員室(地獄部屋と呼ばれていました)に呼び出しを受けていました。毎回呼び出す先生は同じで、中学校一年生の時にお世話になっていた担任の先生でした。学年主任という役割だったのか、担任が変わっても同じ先生から呼び出しを繰り返し受けていました。毎回怒られましたが、どうしても反発したい気持ちがあり、当時は先生の言うことを全く聞きませんでした。何度も呼び出された後、先生は諦めたのか、あまり多くのことを言わなくなりました。

その代わりに勉強を教えてくれるようになりました。先生から、毎日どれぐらい勉強できるか聞かれ、「5分」と、答えました。先生は怒りもせず、「それなら毎日5分続けよう。一日一問なら解けるな。」と言ってくれました。反発する気持ちと、その場から逃げたい気持ちで言った言葉を正面から受け止めてくれ、その時は軽く「やるわ。」と、返事をしていまいました。そして、先生は、毎日放課後に自分の教室に迎えに来るようになりました。それまで勉強が嫌いだった私も「一日一問ならできるやろ。」という脅し文句と、恐怖のお迎えに渋々勉強をしていました。ただ、毎回勉強が終わると先生は、「昨日よりも賢くなったな。」と言ってくれました。素直に嬉しいとは言えず、その言葉にもまだ反発していました。

数日が経ち、先生が、「出来る問題も増えてきたし、少し難しい問題するか?」と言われ、一問に変わりないと思い気軽に返事をしてしまいました。結局、難問は解けず、一問に30分を使い解けないままでした。先生に「解けへん。」と諦めて言うと、先生は「これまでの勉強時間の最長時間をクリアできたな。」と言い、これまで勉強した知識で解けることを教えてくれました。それからは、先生の言われるままに勉強をしていくようになっていきました。その後は、「30分でこの3問を解きなさい。」、「3日なら何問解ける?」や、「1週間なら何ページ進める?」ということを順番にさせられていきました。約2ヶ月勉強させられた私は、気が付くとお迎えが無くても勝手に用務員室に向かうようになり、日課のように家でも勉強をするようになりました。そして、自分でテストまでの計画を作るようになっていきました。自分で作った計画表を先生に見せると、先生は自分のことのように喜んでくれ、「一人でつくれるようになったね。やれば出来るやん。」と、言ってくれました。先生の喜ぶ姿を見て調子に乗り、毎回解けた問題を自慢するようになり、さらに勉強に熱が入っていきました。

その後も勉強を続け、少しずつ定期テストの点数も上がり、自分に自信がついてきた頃、三者懇談が行われました。今でも覚えているのですが、夏休み前でとても暑い日でした。中学2年生の担任の先生から言われた言葉は、「受験して、合格できる公立高校は無い。」でした。少し勉強の楽しみを覚え、期待を持って臨んだ三者面談だったので、ショックも大きく、始めた勉強も止めてしまいました。そのまま、夏休みを迎え、友達と毎日遊んでばかりで、夏休みの宿題さえもしませんでした。

そして、始業式を迎え数日がたった日です。授業中に担任の先生に呼び出され、恩師である先生が交通事故に遭い、危篤状態になっていることを告げられました。元担任と生徒である私は会いに行くこともできず、学校が終わるのを待つしかありませんでした。その夜、先生は亡くなってしまいました。お通夜の日に、先生の奥さんから声をかけてもらいました。中学1年生の私の悪さのこと、中学2年生になってから更に悪くなったこと。反抗しかしなかった私が勉強を始めたこと。勉強を止めてしまったこと。いつも心配してくれていたこと。私は、いつも心配してくれていた先生を裏切ってしまったことを、とても後悔し、泣いたことを覚えています。その日から、勉強をまた始めました。そして、合格見込の無かった公立高校に進学することが出来ました。

他人の人生を変えるほどの情熱を自分以外に向けることは難しいと思います。おそらく、先生も生意気な私を相手にすることは大変だったと思います。先生に出会っていなければ高校も希望通りの高校でなく、大学に行かない、教育関係の仕事ではない、違う人生を送っていただろうと思います。今、同じ教育の仕事をさせていただいていると、当時の担任の先生の苦労が少しわかる気がします。他人に影響を与えられる人になりたいと、大それたことは言いませんが、少しでも人の役に立てられるようになりたいと考えています。

※本文中の赴任教室名・部署名は原稿当時のものです。現在とは異なる場合があります。

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