小学生・中学生・高校生対象の学力アップ・中学受験・高校受験・大学受験志望校合格を目指す個別指導の学習塾

学問とは、知識の面だけではなく、自己の形成の場

ブロックマネージャー

岡野正先生

趣味:仏像めぐり
生徒と講師が感動を共有できる教室づくりを目指しています。

自立ということ

何かを実現したいという「夢」を持つためには、自己の内側からの強い促しがなければなりません。すなわち、自分の人生を引き受けて創造的に生きたいという自立した精神が求められることになるのですが、私を含めた現代の子どもたちは、多くの知識を外から与えられるという環境の中に置かれています。それゆえ内的な促しによって考えたり行動したりする力が弱くなっているといえます。
だとすると、講師は、自分の力で考えたり色々な試みをさせたりするような授業を展開すべきだと考えます。もちろんそうした営みにおいては、迷いや誤解や失敗が伴ってきますが、その迷いや誤解や失敗を乗り越える試練として味わってこそ、自ら何かを実現していくことの手ごたえを感じることができ、それが、個人の資質や適性に見合った「夢」を持つことにつながっていくのではないのでしょうか。「○○高校にいきたい」「○○大学にいきたい」という「夢」を教室にいるとよく耳にします。「夢」を語るのであれば、それに向けて努力しなさいと私は子どもに言い続けています。そして、同時に求められることは、私たち大人が「夢」を持って生きている姿を子どもたちに示していくということです。雇用の不安定化や経済的格差の拡大という時代状況の中であって「夢」に向けて苦しむ大人の姿が子どもの眼前にあったりします。しかし、そうした逆境を乗り越えていく大人の姿があってこそ、逆に子どもたちの心の内側から「夢」を育んでいくのではないのでしょうか。私は胸をはって、教室に通う生徒たちと話します。

個性について

日常生活の中でも、最近は「キャラが立つ」という表現を聞きます。その言葉を使用している人において価値を見出すのは、あくまで素のままの存在感です。ここから類推されるように、その人たちが切望する個性とは、社会の中で創りあげていくものではなく、あらかじめ持って生まれてくるものです。人間関係の中で切磋琢磨しながら培っていくものではなく、自分の内面へと奥深く分け入っていくことで発見されるものです。自分の本質は、この世界に生まれ落ちたときからすでに潜在していると感受されているのです。
したがって、学校の授業がよく分からなくて退屈だと感じるなら、じっと我慢をして席に座った生徒を演じつづけるよりも、教室をうろついておしゃべりした方が、よほど自分らしいふるまいだということになるのでしょう。また、学校に行くこと自体になんら積極的な意義を見出せないと感じるのなら、無理をして通いつづけるよりも別の居場所を探したほうが、よほど自分を大切にしていると思えることになるのだろうと考えます。

しかし、それは個性を求めているようでいて、個性を見失っています。私は言いたい。今学生なら、学生らしく生活してみるのもいいです。勉強やクラブに集中する。本当の自分に出会えるかどうかは、後の楽しみに取っておいて、学生の本分を全うするのです。たとえば、ピアノの練習を考えてみましょう。最初から個性を追求して、自分らしく練習しようと思っても、上達するはずがないですよね。本当に上手くなりたかったら、先生の指導にそって、ただひたすらに基礎を反復すべきです。でも、その結果として個性は失われるでしょうか。反対に、10年、20年と歳月を重ねた後に、その人の演奏にその人らしさはにじみ出るでしょう。

そう、個性は無理に求めなくても、いつか人生の中で自然にでてくるものなのです。同様に自分らしさを今から求めるのでなく、学生らしさを追及するべきなのです。周囲の「自分らしく」見える人も、実は自分らしさをわかった気になっていたり、わかったふりをしていたりしているものです。そんな周りの人との関係の中で試行錯誤しつつ、あなたが、あなたの人生を全力で生きて、創りあげていくもの、それが個性です。焦る必要はありません。これから創りあげていけばいいのです。小学校に通い、中学校に通い、高校に通い、大学に通い、そして社会に巣立っていく。学問とは、知識の面だけではなく、自己の形成の場ということを忘れてはなりません。私はそういうことを伝えたいために、日々フリーステップに通う生徒たちと接しています。

※本文中の赴任教室名・部署名は原稿当時のものです。現在とは異なる場合があります。

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