小学生・中学生・高校生対象の学力アップ・中学受験・高校受験・大学受験志望校合格を目指す個別指導の学習塾

生徒たちや保護者の皆さまに幸せを感じてもらいたい

エリアマネージャー
石橋教室 学習プランナー

田中朱耶先生

特技:ローマ皇帝を1人目から全員言えます
好きな食べ物:まぐろ

親御さんは1番に子どもの幸せを考えて行動してくれています

 私は塾の先生として働く上で、とても大切にしている事があります。それは母のような愛情で子どもたちを包み込み、生徒たちや保護者の皆さまに幸せを感じてもらうことです。

なぜ私がこのようなことを考えているか。それは実際に自分が母との勘違いやすれ違いで後悔した経験がもととなっています。私の母は口うるさく、よく怒る人でした。そして、誰よりも大学進学を勧めていました。
私の家庭は母子家庭でした。幼いころから母は朝早くに仕事に行き、夜遅くまで働いていました。小学生の頃の記憶で母と会話した思い出はほとんどありません。物心ついてから自分が愛されていると思ったことはありませんでした。中学生になってからは部活が始まり一層時間が合わなくなったことと反抗期が重なり、いつも私を1人にする母に不信感を持つようになりました。私は「ほんまにこの家の子どもなのか?」そう感じる事も多かったように思います。また学校から配布される手紙に母の名前を書くことが当たり前だと思っていた私は、友人に「普通は父親の名前を書くねんで」と言われて、とても寂しい気持ちになったことを覚えています。

高校生になった時は反抗期がさらに悪化し、学校で暴れるようになりました。相談できる人も尊敬できる先生もいませんでした。むしろ大人が嫌いでした。「どうせ分かってもらわれへんやろ。」そう考え、大人というだけで軽蔑していました。高校3年生の時に、家のことを考えて就職したいと伝えたところ、母に断固反対され、大学進学を無理やり決定されました。その時は「なんでなん!?絶対就職した方がいいやん!!将来まで決めやんとって!」と喧嘩になりました。(今ではあの時に何があっても大学進学という考えを曲げなかった母にとても感謝しています。)
そんなある日、母の部屋で1冊の手帳を見つけました。中には何も書いていませんでしたが、1行だけ文章が書いていました。 「あや、ごめんね。お母さんはもう疲れました。」 手が震えました。その時初めて大切な人がいなくなるのではないかという恐怖を感じました。母親として何をすればいいか。父親の代わりにできる事は何か。きっと母は1人で悩んでいたのだろうと思います。そして私が不自由しないために一生懸命朝から晩まで働いてくれていたことに気付きました。

人それぞれ愛情のかけ方は違います。母の愛情は私が不自由しないように一生懸命働くことでした。寂しさからくる反抗心は一瞬にして消え去りました。私が子どもすぎた事、母が不器用だったこと。色々なすれ違いで長い間気付けませんでしたが、母は私のことをとても大切に考えてくれていたのだと思うと涙が止まりませんでした。母に恩返ししたいという気持ちが生まれ、私たちのように悩んでいる人の力になりたいと思うようになりました。そして、教育業界で働きたいと考え始めました。教育業界で働くためには何をすればいいかを調べました。まずは大学に進学しなければいけない。大学進学に前向きになった姿を見て、母は喜んでくれました。

私が皆さんに伝えたいことは、親御さんは1番に子どもの幸せを考えて行動してくれているということです。何があっても守ってくれます。10年後には親御さんが言っていた事はやっぱり正しかったと言える日が来ます。そして私自身も親御さんに負けないくらいの愛情で生徒たちと接したいと思っています。
また、親御さんも人間なので間違えることはあると思います。悩むこともあるでしょう。そんな時は私たちに1番に相談してほしいと思っています。お母さんもお父さんも1人ではない。そう思ってもらえる環境を作りたいです。疲れた時、誰かに頼りたくなる時に1番に顔が思い浮かぶ存在になれるよう尽力しています。そして、私と関わった生徒が私のように孤独を感じることのないようにしたいです。子どもの気持ちが分からずに悩んでしまう親御さんや1人で抱え込んでしまう生徒を1人でも減らしたいと思います。

※本文中の赴任教室名・部署名は原稿当時のものです。現在とは異なる場合があります。

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