高・中・小(全学年)対象の学力アップ・中学受験・高校受験・大学受験志望校合格を目指す個別指導の学習塾

不合格は合格の踏み台に。生徒に寄り添う進路指導を

合格エピソード9選
ソフィア京橋教室 学習プランナー

谷 康史先生

頑張りを認める声かけでモチベーション維持

その生徒がフリーステップへ入塾したのは、高校2年生の終わりの1月でした。
通い始めた当初はまだまだ英単語や英文法の習熟度も受験レベルからは遠く、それでいて全国レベルで活躍する部活に所属して忙しくしていました。
一方で大学受験を真摯に考え勉強を始めるということもあり、大会前などの部活に集中しなければいけない時期以外は塾で勉強するということを私に約束してくれていました。
最初は、フリーステップの個別指導で英語と古文、代ゼミサテライン予備校の映像授業で現代文と日本史を行うカリキュラムを作成して進めました。
部活と勉強の両立を頑張っていましたが、新型コロナウィルスの感染拡大などで部活の大会などが軒並み延期や中止になるにつれ、不完全燃焼のまま部活から離れることになってしまいます。

総合選抜に挑むも不合格

そんな彼が高校3年生の夏に挑んだのは、総合型選抜入試でした。
総合型選抜とは、大学・学部が求める学生像(アドミッション・ポリシー)にマッチした受験生を採用する方式です。筆記試験が必要な場合もありますが、彼が選んだ大学は自己推薦文と小論文が重要な大学でした。毎日対策に励んでいましたが、結果は不合格。
受験の天王山ともいわれる高校3年生の夏に、一般入試に向けた英語や古文の対策を十分に取り組めたとは言えません。秋に一般受験へ向けた再スタートをきったときには、相当危ないレベルで単語も文法も忘れてしまっていました。
講師とも話し合い、今から受験本番に間に合わせるという条件から本人の塾での授業以外の頑張り、すなわち自主学習への取り組みを信じて英語・古文ともに文章を読みながら、抜けている文法や単語をその場で確認。並行して基本と応用を対策する方針で進めました。

頻繁に教室の自習室を利用してくれていた彼ですが、手元をそっと確認すると取り組んでいたのは社会。受験日程的にも準備時間の短い公募推薦入試で必要な英語や国語から取り組んでもらえたら、という気持ちが頭をよぎりました。しかし、一番大切なのは取り組むモチベーションをそいでしまわないこと。否定的なことは言わず、頑張りそのものを認めるような声かけに終始しました。

合格への距離をリアルに感じた公募推薦入試

公募推薦入試の出願の時期になって、私は当然のように公募推薦を受けることを勧めました。公募推薦は大学の募集条件を満たし、高校が推薦状を出してくれれば受験できる入試です。彼はどちらの条件も間違いなく大丈夫な生徒でした。しかし彼の答えは受験しないという言葉。「まだまだ自分の力では合格する気がしない」と受験することを拒みます。
ここで私は彼の負けず嫌いな性格にかけてみました。
「出願締め切り日までに合格最低点の85%まで得点できれば、私の指導経験上合格が見えるラインといえるのでそこで判断しないか」 じっくりゆっくり、誤解がないよう正確に私の気持ちと考えを伝え、そして彼のやる気を引き出すようにアプローチしました。最終的に「やってみる」と答えてくれたので、取り組み始めた日から出願日までの間過去問題の得点率を電卓で計算する日々が続きます。
出願の2日前になって、88.2%をマーク。とうとう85%を超えるまで彼は頑張りました。私はうれしくて、出願方法のことなど興奮気味に伝え、彼は龍谷大学に出願しました。
公募推薦の受験結果は、9点差で合格に届かず。合格できなかったことはショックでした。しかし、公募推薦に向けた全力の取り組みによって「合格まで今どれぐらいの距離にいるのか」を彼が理解したということはショックよりも重要なことでした。この時こそが、彼の中で自分と大学合格の距離をリアルに感じることができた瞬間だったのではないかと、今になって思います。

以降の彼は、自習で「課題点を見つけ出し、授業で課題点を解決する」というサイクルを高回転させてくれたのでメキメキと実力をつけていきました。
そしてあっという間に一般入試が終わりました。彼の一般入試前哨戦である龍谷大学は合格確定。本命の関西大学の発表日は旅先から結果を連絡すると約束してくれました。
発表当日、夜中になっても一向に連絡がありません。落ち込みつつも保護者の方へ連絡を取ったところ、無事に合格していると教えてもらいました。
そんな彼が4月1日の入学式の日、立派なスーツ姿で教室へ挨拶に来てくれたことを私は忘れないでしょう。

※本文中の赴任教室名・部署名は原稿当時のものです。現在とは異なる場合があります。

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