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開成教育グループ


2012 年 4 月 のアーカイブ

今年度の過ごし方

2012 年 4 月 23 日 月曜日

 4月も下旬になりまして、新学年にも少しずつ慣れてきた頃でしょうか。新しい環境に身を置いた途端に、早くもゴールデンウィークが始まります。そして、ゴールデンウィークが明けると、今年は残り8カ月を切ることとなります。特に高3生にとっては、受験勉強に費やすことのできる時間が、一刻一刻と短くなっていきます。

 高3生の皆さんは、あと8カ月ほどで人生の一つの行く先が決定されます。この期間の意識の持ち方は、皆さん自身の人生に対する意識の持ち方と同義です。目先の事情でしか動けない人は、相応の積み上げしかできず、また、長期の目標計画が立てられる人は、大きな積み上げの総量のもと、すばらしい結果を勝ち取ることでしょう。
受験勉強はまさに積み上げです。目の前の些事や誘惑に照準を絞っていては、大きな結果は出せません。常に大きな視点で出口を見据え、それに対する日々の積み上げを忘れずに行動して下さい。このブログを目にする高校生の多くは、大学受験を明確な目標と考えていると思います。日々合格へと近付けるアクションを、具体的に起こして下さい。その意識の持ち方が、皆さんの将来を切り開いてくれるはずです。

開成ハイスクール 国語科 重留英明

ヤル気の源

2012 年 4 月 16 日 月曜日

 こんにちは!春になって、ますます元気いっぱい!開成ハイスクール英語科の津留です。
 今春も、新高1生との出会いがたくさんありました。私は彼らにいつもこう言います。「中学で英語が苦手だったとしても関係ない。高校英語の内容は、中学とはまた異なるものだから。さあ、ここから再スタートだ!」と。
 実際のところ、中学で英語が苦手だった生徒が、高校に入ってから得意になって、グングン成績を伸ばしている、というのはよくあることです。この話をすると、生徒たちの顔つきが引き締まって、授業に「いい緊張感」が生まれます。授業後、ある生徒が私のところにやって来て、「僕は第一志望の高校に行けなかったんですけど、大学は国公立に行けるでしょうか?」と尋ねました。私は「もちろん、可能性は十分にあるよ」と答えました。一度挫折を経験した生徒は、その悔しさが「バネ」となり、大きく飛躍する潜在力を秘めているものです。勉強に対する「ヤル気の源」は人それぞれですが、「悔しい」とか「負けたくない」といった気持ちは、大きなエネルギーを生み出します。ただし、失敗や挫折を経験した誰しもが、それをプラスに転化できるとは限りません。「自分を変えたい、高いステージを目指したい」という気持ちが伴わなければ、意味がないでしょう。
 失敗や挫折を成長の原動力にする人は、なんと言っても魅力的ですね。

挑戦すること

2012 年 4 月 9 日 月曜日

 皆さん、こんにちは。最近はすっかり暖かくなって、春めいてきましたね。
 さて、新高校1年生の皆さん、4月からは、新たな高校生活が始まりますね。そんな皆さんに伝えたいのは、いろいろなことに挑戦してみて欲しい、ということです。中学までは、義務教育であったため、受け身で過ごすこともあったかもしれませんが、高校への進学は、どういう経緯にせよ、皆さんが進路を選び、そして一歩、歩みを進めたはずです。言うなれば、大人へ向けた最初の一歩を歩み始めたことになります。
 ここで、「大人へ向けた最初の一歩」ということの意味を説明しておきましょう。高校の勉強は、中学の時と比べると大きく変化します。数学に関しては、より高度で抽象度の高い内容を学ぶことになります。他の教科も同様に、非常に高度だと感じる、様々な多くのことを学ぶことになるでしょう。
 では、なぜそういったことを学ぶのでしょう。その一つの答えとして、その学びが将来の進路選択と密接に関係している、ということが挙げられます。そして、その進路選択は、当たり前のことですが、自分で決断しなければなりません。この「決断すること」、それが、大人へ向けた大きな一歩といえます。もちろん、決断しようにも、よくわからないことの方が多いでしょう。ただ、そこで、座して待つのではなく、挑戦をしてみて欲しいのです。そして、挑戦することで、自分自身を知っていってください。失敗したり、途中で考えが変わっても構いません。むしろ、そんな経験を積むことで、よりよく自分自身を知ることができるのです。高校時代は、人間として大きく成長する時期です。その機会を逃さず、毎日を大切に過ごしてください。

開成ハイスクール数学科 村上 豊

ダニューブ・エクスプレス(その 7・完)

2012 年 4 月 2 日 月曜日

 かつて、イギリスの首相だったウィンストン・チャーチルは、ヨーロッパにおける東西冷戦の緊張状態を「鉄のカーテン」と呼びました。物理的に国境に「鉄のカーテン」があるわけではありませんが、ブルガリアからトルコへと国境を越えることは、まさにこの「鉄のカーテン」の向こう側からのこちら側へ戻ってくることでありました。統制された国家内の、統制された旅からついに解放されたわけで、それまでの冬のどんよりした曇り空から、春の青空になったことも相まって、トルコ、エディルネに到着したときの私は、大きな解放感と安心感を感じました。
 しかし、それはまた、社会主義の、統制されているがゆえの安定した世界から、自由主義の競争にさらされた世界への帰還でもありました。エディルネ駅では列車の到着に合わせて、銀行が開店していました。そこで、私は少しばかりの両替をしました。手元にある20ドル札だけトルコリラに両替しておこうと思ったわけです。列車の終着駅イスタンブルまでは、あと10数時間です。その先の予定はホテルの予約を含めて、一切何もありませんでした。先立つものはキャッシュです。日本を発つ前に見た最新のレートは1ドル=約900トルコリラでした。変動が激しいトルコリラ、正確にいえば、インフレで国際市場でも国内市場でも価値が下がり続けていたトルコリラでしたので、おそらく、1ドル=1000トルコリラ近くまでのレートになっているだろうと思っていました。すると、その交換レートはなんと1ドル=1205トルコリラでした。たった3か月で通貨価値は4分の3まで下落したのです。それまでのソ連のルーブルは、闇のレートは別として、ずっと1ルーブル=214円でした。社会主義の世界から自由主義の世界へと帰還するということは、こういう厳しさに直面することでもありました。
 エディルネでも新たに車両を増結し、列車は出発します。当然ですが、私の乗っている車両以外にモスクワからやってきた車両はありません。ヨーロッパ各地からやってきた他の車両とともに、ヨーロッパの東端、イスタンブルを目指します。車窓からジャーミー(モスク)が見えます。ここは資本主義世界であると同時にイスラーム圏でもあるということが実感されます。海も見えます。アドリア海です。暗鬱なバルト海や黒海とは違って青い海です。冬を玄冬と呼び春を青春と呼ぶ、季節に色をつける感覚が、すっかり季節感をなくした日本人に改めて実感させます。列車はボスポラス海峡の南の端を通過した後、イスタンブルのシルケジ駅へ到着し、列車の旅もついに終わりを迎えました。このあとも酒臭いくせにしっかりボッたくるタクシー運転手、ホテルリストに記載されていながらクーポンの使用を断るホテルと、ちょっとしたハプニングが続きましたが、何とか久々にゆっくり眠れるベッドの上で、この日を終えることができました。

 これはもはや四半世紀近く前の話となりました。このあと程なくして世界は大きく変化しました。この旅の翌年の1989年、ポーランド、ハンガリーから始まった東欧、中欧の民主化の波が次々と各国に波及し、共産党の独裁政権は相次いで消え去って行きました。「鉄のカーテン」の象徴であったベルリンの壁も破壊されました。その中でも最も劇的な変動をしたのが、私も通過したルーマニアでした。1989年12月21日大統領チャウシェスクが群衆の前で演説中に爆発が起こり、そのわずか4日後の25日にはチャウシェスク夫妻が処刑され、その銃殺される映像が全世界に配信されました。
 私が通過したブルガリアは比較的穏健に民主化がなされましたが、3週間を過ごしたソビエト連邦は、ルーマニアほど急速ではないにせよ、やはり劇的でした。1991年8月に起こった反ゴルバチョフのクーデターをきっかけとして、東西冷戦の一極をになったソビエト連邦は1991年末に消滅し、世界史上初の社会主義国家だったソビエト連邦は、歴史の教科書の上だけの存在となってしまいました。
 私が訪問したときには、全く兆しがなかったとはいえないものの、それから1年や2年でその国が消滅する、体制が根こそぎ変わってしまうなんてことは想像できないものでした。私が各国で出会った人たちもそんなことを想像していたでしょうか。おそらく市井の人々は思ってなかったでしょう。
 私もこの旅で経験したこととその後の変動を目の当たりにしたことで、今、当たり前のことが明日どうなるのかわからないという世界観を植え付けられました。だから今もそう考えてちゃんと今を生きているのか、と問われるとつらいのですが、そんなことを感じさせてくれたダニューブ・エクスプレスもその世界の激動を受けて、今は走っていない…。
開成ハイスクール 片岡尚樹