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開成教育グループ


私の大学受験(その6)

(2012年12月25日「私の大学受験(その5)」からの続きです。)

こんにちは。

とにかく孤独でした。明けても暮れても勉強のことしか頭になく、歩いているときも英単語の確認、学校の休み時間も数学の問題演習、風呂の中では世界史の教科書暗記。外界との接触を自ら断ち、家族との会話も途絶え、友人と談笑することも全くない毎日。勉強に埋没し、自分の中に引きこもり、憔悴したその顔は、笑うことを忘れてしまったかのようでした。それを孤高の美学にすり替え、自らを正当化しようとするも、寂しさは抑え難く募るばかり。鬱々とした気持ちは、日に日に私の気力をむしばんでいきました。
そんなとき、ふと思い出した言葉があります。「ソクラテスは穴に落ちた。夜空の星を眺めていて、穴に落ちたのだ。君はこのソクラテスを笑えるか。」これは、かつて私が通っていた学習塾の教室の壁に大きく貼られていたものです。これを初めて読んだとき、私は「物事に没頭することの尊さ、その真摯な態度を決して笑ってはいけない。」というメッセージとして解釈しました。しかし、「そうではない」と思い至ったのです。没頭のあまり周囲を見失い、自分を見失うことの愚かさは、一笑に付すべきものである、ということではないだろうか。私は、まさに「穴に落ちた愚かなソクラテス」だったのです。
どちらの解釈が正しいのかはわかりませんが、少なくとも私は、孤独が受験勉強にもたらすマイナスの側面に気付いたのです。もちろん勉強は自分でするものであり、その意味での孤独は必要です。しかし、バランスを欠いた過度の孤独に自らを追いやることは、活力を減退させ、目標達成を遠ざけてしまうことになりかねません。
「リハビリ」として、まず私がしたことは、「愚かなソクラテス」を笑うことでした。鬱屈した表情を笑いに変えることでした。そう、鏡に向かって自分に笑いかけたのです。ぎこちない表情でした。何度もやっているうちに、そんな自分がバカバカしくなって、つい本気で笑ってしまいました。久しぶりに見る私の笑顔。無性に自分が懐かしく思え、気づくと笑顔は泣顔に…。
その晩、いつもは勉強部屋で済ませていた夕食を、両親と一緒にとりました。

つづく


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